柚のかくし味 by 柚


2005-03-20 地震な一日

とにかく大変な一日だった。グラッときた時はオフィスにいた。パソコンでメールチェックをしていたのだ。ぐらりと横に揺れはじめて、あとは、棚からぱらぱらと本が降ってきた。私はこれはやばいと思って、大きなテーブルの下にもぐり、じっとしていた。ふっとライトが消えた。また灯ったとき、あわててテレビをつけた。すでにニュースは地震を伝えていて、少しずつ、地震の規模や被害の様子が明らかになっていった。

実は今日、天神近くで会合があることになっていた。携帯はつながらないので、電話をいれた。みんな集まれるかどうかはわからないけど、あるよとのこと。一時ごろ、テレビを見る限り、たいしたことはないように思えたし、天神のあたりがどうなっているか、知りたい気もあった。歩ける距離だったから・・・。

歩き続けると、結構ひどい。ガラスは割れているし、商品は雪崩落ちている。西通りには人があふれていた。会合にはやはり、四人しか来ていなかった。雑談をしていると、友人から電話。近くだったので寄ることに。

「すごいよう。水も出ないし、ガスは止まってる。靴を履いて室内を歩いているんだから。珈琲、飲みたいので、ペットボトルの水を買ってきてね」というのだ。

行ってみた。大きなペットボトルを2本かかえて。すでにマンション入り口では、タイルが剥がれ落ちている。余震が怖いので、9階まで階段で。おー、これはひどい。玄関から始まってどの部屋も足の踏み場もないほどの散乱状態。割れ物がすごい。もっとすごいよといわれた奥の部屋は三つの本棚が倒れ、本が散乱、パソコンもひっくり返っている。

思わず、携帯で写真を撮った。これに比べれば私のところの被害は微々たるもの。ああ、それにしても、まさか、こんな地震が福岡で・・・。だれもが呆然である。

災難は誰の身にも起こりうることだとしみじみと実感した日であった。


2005-03-22 地震のこと、続報

仕事が始まり、続々と被災情報が入ってきた。ビルの構造やちょっとした場所の違いなどで、被災状況はわかれてくるようだ。何せみんな、こんなことになれていない。

「そのとき」を聞いてみた。

倒れてきそうな冷蔵庫や食器棚、本棚を必死で押さえていた、という人が圧倒的に多いのに驚く。これって一番危ないケースではないだろうか。私は子どもの頃、母からとくと、言われていた。逃げられるなら外に飛び出す。建物の中で逃げるのがむずかしいなら、大きな机の下などに隠れるように、といわれていた。

次に多いのが布団をかぶって静まるのを待った。で、聞いてみると、すぐ近くにたんすがあった。あとで気が付いたのだが、あれが落ちてきたら危なかった、と。

なにしろ、福岡に住む人は油断ばかり。災害がもっとも起こりにくいところと思っているからねえ。とにかく、これからは意識を変えなければ。

もっとも、もうこんなことはないだろう。

その考えが甘いかも知れないけど。

と書いたら、グラリときた。これはきっと震度3かな。なんてわかるようになった。ふう。


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2. 軽々と生きる

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2. 赤の広場で歌うポール

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