柚のかくし味 by 柚 |
いつも出かける時は、文庫本を持ち歩くのだが、先日持って出るのを忘れたので、姉の本棚から拝借したのが五木寛之の『運命の足音』幻冬舎文庫である。文章に少し雑なところがあるが、心にひっかかってきたいくつか。
たとえば「深夜に近づいてくる音」。深夜自分にしか聞こえない音があるという。五木さんが聞くのは「コツコツ」という人の足音のようなものであるらしい。これはわたしにもある。しんと静まった夜更けにふと目が覚めることがある。何かの気配を感じて。その音はとてもかすかで、サラサラと何かがすれあい、ふれあう音。ある時はすぐ近くで、ある時は遙か彼方から、その音は聞こえてくる。音の正体を確かめたいとは思わない。静かにじっと聞いていると落ち着いてきて、また眠りが訪れてくれるからだ。
また、ある牧場の話がある。五木さんが見た光景は、牛たちの鼻先につながれた電線にふれるとびくりとする牛や、鎖に鼻先をつながれて一定の時間に円を描いて運動をさせられている牛の悲しい目などだ。
わたしも同じような思いを抱く。たとえばどうしても、猿回しや熊の演技をまともに見ることができない。彼らになぜ、演技をさせないといけないのだろうと思ってしまう。人間が自分たちの楽しみのために彼らにそれを強いている、そうとしか思えない。つい、自然の中にいるときの彼らの姿を想像してしまい、いたたまれない気持ちになる。人間に媚びて生きていくしかない彼らの運命を思い、暗澹とした思いにとらえられるからだ。
担当者から、生涯面倒を見ると自慢げにいわれても、それでお金を稼いできたのだから当然、彼らが今更どこに行けるというのだろう。
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