柚のかくし味 by 柚 |
ふと思いついて押入れの整理をしていたら、古びたバッグの隅にそっと押し込んである小さな包みを見つけた。最近使うことのなくなったロウソクとマッチである。
子どものころは雷が落ちたり、台風がきたりするたびに停電したが、どういうわけか、夕食の最中というのが多かった。そのときは決まって母が手探りでロウソクを取り出し、マッチで火をつけた。復旧するまでは三十分はかかるので、薄ぼんやりした灯りで中断した食事を再開するのである。
あるとき、理由は覚えていないが、父が大きな声で弟を叱った。とたん、いつものように停電が始まった。私は即座に大声を出した。「かあちゃん、ロウソクはどこ?」
母があわててロウソクを灯すと、ぼんやりした炎が食卓と家族の顔を映し出し、兄がふざけて、ロウソクの炎にアカンベエの顔をかざしてみせた。どっと笑いが起り、それきり父はなにも言わなかった。
自分の家族を持ってからは、私も押入れの隅に懐中電灯ではなく、必ずロウソクとマッチを用意していた。停電することなどほとんどなくなって、使うことのなくなったロウソクは今でもしまわれたままだ。
たまには停電で、慌ててロウソクを灯すなどということもあっていいのにと勝手なことを思ったりした。便利になったことで失っていくものも多いのだと、ぼんやりとした思いにとらわれながら。
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