化粧女王を探す長い旅 by 大王

2003-12-02 崩壊迫る展望浴場の巻

展望浴場が背後に迫る

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 串崎ケープホテルの特徴は、ホテルの正面に、円形に広がった造形があることです。

 ここは、レストランと思われていたのですが、実は、展望浴場でした。正面玄関の上が浴場だったのです。

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 キツギさんの背後で、自慢の展望浴場だった建築物の構造は、ゆるやかに風化を進行させていました。

 すでに外壁の大部分は脱落しています。また下部は、正面玄関のエントラスにもなっていて、豪華な感じを演出していたその部分は、コンクリートが剥げ落ちて、荒んだ廃虚の様相を一段と増しています。

どこまでゆくのだろう

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 もう、カエロウヨ。

 そういう言葉が口をついて出るのですが、もちろんキツギさんに届きません。ホテルを見上げるプールの外縁を歩き回り、やがて、脱衣所の残骸の施設に入りました。

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 常緑樹の植え込みや、海に向かって配置されたシュロの植え込みは、今も、手入れをされないのに、元気に育っています。緑は生き残り、コンクリートは、崩落と風化を加速しているのです。

鏡はなにを写していたのだろう

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 昭和四十年代は、豪華なホテルであっても、水まわりは簡素な構造になっていました。

 脱衣所の設計は、当時の小学校プールのそれと同じように、平凡なコンクリート作りで、鏡も当たり前の安物です。

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 キツギさんが覗き込むまで、この鏡は、30年もの間、人間を写したこともなく、日々暮れ行く日没と、闇を写していただけの孤独を繰り返していたことでしょう。

 キツギさんは、かなり長い間、鏡の中の自分と相対していました。

 あの30年前、僕は家族とこの脱衣所にいたはずでした。このあたりの海岸は波が荒く、泳ぐには適していません。海をみながら、海ではなくプールに入る点も、当時としては、とてもオシャレなことだったと思います。

廃虚の雨があがる

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 キツギさんは、どこにいってしまったのでしょう。目の前にいるキツギさんは、まるで魂を失った人形のように動いているだけで、僕の存在さえわからなくなっているようでした。

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 背後に廃虚のホテルが重たく迫ります。

 キツギさん。もうカエリマショウ。キツギさん。もうカエリマショウ。キツギさん。もうカエリマショウ。

 一度しか呼び掛けていない僕の言葉がホテルの残骸に反響して戻って来ます。

廃虚のプールサイド

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 雨がまじっていた天候が回復してきました。陰鬱な海と空が少しだけ明るさを増したような気がします。

 なにかが変化してゆく、予感のようなものがしました。


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