化粧女王を探す長い旅 by 大王

2003-12-04 自壊する建造物の巻

自慢の展望風呂

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 正面玄関に張り出した展望浴場の跡は、もっとも風化が進行している部分でした。

 二階部分に巨大な浴槽を配置し、しかもその配管まわりを玄関の天井に配置しなければならない。

 設計者がもっとも苦心を要した部分が、ここだったはずです。ホテルの特徴的な外観は、皮肉なことに廃虚になった今、もっとも壮絶な崩落を示しているのですが、当時は、設計者も経営者も、ほこりにしていた、うっとりとするほどの自慢するべき部分だったはすなのです。

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 しかし、無惨なほどに外壁が崩落して、窓も破れ、このホテルの廃虚感をひときわ無気味に彩っている、この部分の設計には、基本的に無理があったと思われます。

排水管の脱落と崩壊

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 浴そうからの排水を考えると、直下が玄関のアプローチなために真下に流下することができない大きな制約を負いました。

 排水管は、1階の天井部分を迂回して外壁のどこかに落とさねばならず、それは基本設計に無理を生じ、建築物の耐久性にも問題を残しました。

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 巨大な浴そう構造物を支えるには、1階部分の支柱はあきらかに強度不足です。

 その証拠に長い年月の間に、浴そう部分の崩落が急激に始まり、やがて浴そうを支える二階部分であり、1階正面玄関の屋根でもある構造物全体が崩壊するのは、時間の問題のようでした。

看護婦と廃虚の光景

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 廃虚をいっそう凄絶に彩るものは、キツギ看護婦の白衣にほかなりませんでした。

 白い色は、廃虚のどこにもないからです。完成当時に美しく塗装された白い壁があったとしても、今は風雨にさらされて、どこにも白はありません。風雨にさらされたホテルのどこにも存在しない色が白なのです。

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 その、廃虚となったホテルが失ってしまった白を、キツギさんの白衣だけが唯一もっている。ある意味、なんと残酷な色なのでしょう。

 廃虚を全部否定する色があるとするなら、間違いなく、それは白でした。

 そうして、30年前、このホテルに家族で滞在したときに、着ていた母親の服も白いスーツだったことに、思い当たったのも、この時でした。

海に光が蘇る

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 雨まじりの風雨がたたきつけるような時間もありましたが、いつしか、雨はやみ、海は雲に切れ目が生じていました。

 『キツギさん。やはり、ここに宿泊したことがあります。間違いありません。この串崎ケープホテルです』

 『そうですね。そう言ってましたね』

 やはりそうでした。このホテルに間違いありません。そうして、僕は、展望浴場に入り、部屋に戻った時、頭の中で浮かんでいた光景がありました。

 『写真も家にあります。でも、その写真を見た時に、僕はいつも自分の記憶と違うものを感じていました。ものすごい違和感です』

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 『それはどんな違和感なのでしょう』

 ホテルは新築間もないころで、周辺でも評判のおしゃれなリゾートホテルとして知られていたのは、何度も話しました。

 でも、僕には、あのとき父親が撮影した写真は、ずっとほんとうにあったできごとではないと思っていた。

 『実際に泊まったのにですか』

 そうです。ほんとうに泊まったけれども、そのときに写真をとったけれども、その写真を今も家にもっているけれども、その写真は現実ではなく、いま、たったいま、このときにキツギさんの背後にある廃虚のホテルが、残骸みたいになった無気味な風景が。

 『つまり、この廃虚が僕にはみえていたのです』

 ですから、僕の記憶にあるのは、母親の記念写真ではあるけれども、僕のあのときの記憶にもっとも現実であるのは、きょう、たったいままで、キツギさんが歩いていたその姿、廃虚の中を歩くキツギさんこそが、あのときに見ていた、自分の体験のような気がするのです。

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