化粧女王を探す長い旅 by 大王 |
【国家健全化計画2005】5 粘液まみれの幸福男
芋縄が運転する国家健全省のランティス2000は、前部のエンジン部がぐしゃぐりゃにつぶれた。シートベルトを付ける暇がなかったため、エアバッグは開いたものの、左前方に投げ出された芋縄は、ダッシュボードでしたたかに顔面を強打し、このときに額を切って血がだらだらだらだらと流れでた。
しかし、ドアの開閉ができたので、車を降りて職務に忠実に、容疑車両に向かった。携帯電灯で闇を切り裂きながら、まず先頭車両の車内を照射する。
先頭車両の運転席にいた女は、事故で負傷したのか、身動きしない。男がどこかにいるはずだが、見当たらなかった。
車外を見ると、下半身丸裸の男が、車のかげから走り出そうとしていた。 「待て。逃亡すると即決裁判だぞ」
自分でも考えられないようなでかい声を出して、一瞬の間に車を乗り越えて、男に飛び掛かる。
抵抗するので、芋縄は電撃銃を使って男を倒した。
芋縄は必死だった。ざっと見ても車両は9台はいる。まともに突破させると、一人の身柄さえも確保できないだろう。
第1係長のメンツは丸潰れだ。刈り込みをぶざまな失敗に終わらせたことで、報告を受けるであろう陰気なずりむけ課長の皮肉な笑みが、美しい係長に向かってむけられることを考えると、耐えられなかった。
芋縄は、自分の存在を誇示するように、逃走を図った先頭車両に飛び乗り、後続の車の中で息をひそめているカップルに向かい、自分の血まみれの顔を下から電灯で照らした。
「その場を動くな。動けば、どうなるか分かるだろうな。府府府府不夫婦ふふふふふふふふふふふふふふふふ」
どのくらいの威嚇になるかは疑問だが、車のやつらが少しでもひるんでくれればいい。そんな願いからだったが、これが奏功したようだ。
芋縄は追い付いて来た係長とともに、車両点検を始めた、電撃銃で倒した男には足に手錠をかけて放置した。意識がないので採精バキュームはつかえない。
女は、事故で負傷しているようなので逃げられないだろう。
2台目の車両にも、男がいなかった。運転席に女がいるだけだ。
「検査する。脱げ」
怒鳴ると、運転席の女は、芋縄を見て哀願した。
「見逃してください。わたしたち、来月結婚するんです。結婚予定証明書もあります」
「そうか。結婚予定証明書があるのですか」
芋縄は、わざとていねいな言葉で応対した。
「そうです。見逃してください。ほんのできごころだったんです」
「わかりました。上司と相談してみましょう。彼氏はどこに」
「トランクです。あの中にいます」
「では、トランクルームを開けてください」
「はい」
トランクルームが開くと、芋縄は、素早く運転席のキーを抜き取り、女を電撃銃で打ち倒して、後ろに回った。トランクの中には男がいた。
「出ろ。国家健全法違反容疑で逮捕する」
下半身を隠しながら、男は哀願していた。
「ぼくたち、結婚するんです。ほんとうです」
「ほんとうらしいな」
芋縄は結婚予定証明書をかざして、薄笑いを浮かべ、そして破り捨てた。我ながら非情な取締り官を演出することが出来たと満足した。そして係長を呼ぶ。
「この男に採精バキュームお願いします」
言い残して、次の車両に向かう。
運転席はがっちりとした体格の男だった。
「僕らは何もしていません」
助手席の女の子をかばうように、男は容疑を否認した。
「分かった、それなら検査してみよう。時間を取らせるな、脱げ」
芋縄は自分でも恐ろしいくらいの迫力で、助手席の女に言った。顔からは血がだらだらだらだらと流れている。それが一層のすごみを持って相手に威圧感を与えているらしい。
芋縄は上着から、試薬を取り出して、女性の◎◎にすばやく張り付けた。人形を使って訓練を積んでいるので、手慣れたものである。
試薬をはがし携帯電気で照らすと、色は濃緑だ。
「粘液濃度測定による感度は6.3以上だ。国家健全法違反は明らかだ」 係長を呼ぶ。
「男は採精してください。女は検挙します」
芋縄と係長は、この後、9台の車両のカップル9組を検査し、7組を国家健全法違反の現行犯で逮捕。1組を道路交通法違反容疑で警察に引き渡した。残る1組は未遂だったために放免したが、たった二人で短時間にこれだけの検挙を成し遂げた例は、これまでない。
「芋縄、あたし、バキュームの替えのカートリッジ持ってきてないから、もう、あふれちゃうよ。バッテリー切れの警告サインも出てるしさ、手動で採精するなんてやだからね。それにもう、くたくた、誰も応援にきてくれないしさ」
係長は、多数の容疑者から採精したために、粘液でどろどろになったノズルを手にしたまま、芋縄に、ぶーたれた。
芋縄も係長に報告した。
「係長、わたしも、試薬を予備まですべて使い切りました」
額からの出血が、芋縄の体力を急速に消耗させたのだろう。報告しながら、芋縄は、ふらふらと係長にもたれかかるように倒れ込んだ。
応援部隊がようやく到着し、南側車道を封鎖していた第2係も、不審に思って前進してきたので、芋縄と係長が処置した検挙者は次々に収容されたが、たった2人で、違反者を一網打尽にしてしまったことを知り、だれもがあっけに取られていた。
係長もくたくたに疲れていた。手袋もコスチュームも、連続した採精作業のために、べとべとに汚れていたが、芋縄が地面に倒れこまないように力を振り絞って抱きとめていた。
血まみれの芋縄は、係長の胸に抱きとめられる幸せと同時に、あせって抱きとめた係長が、持っていたバキュームのノズルを、芋縄の口の中に、むにゅーっと入れてしまい、おぞましさも味あわねばならなかった。
「あ、ノズルが芋縄の口にはいっちゃったー。ごめんねー。でも、まあいいか−。汚いけど男同士のだからいいよねー」
芋縄は血まみれの口に、バキュームのノズルを差し込まれながらも、仕事を成し遂げてほっとしたのか、満足げな表情で係長に抱かれていた。
(以下次回)
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