化粧女王を探す長い旅 by 大王

2005-06-06 【国家健全化計画2005】1 辞令交付さる、の巻

[国家健全化計画]

 【国家健全化計画2005】1 辞令交付さる、の巻

 芋縄一輝(いもなわかずてる)は、次のような辞令をもらった。

 職員識別番号 703311410 氏    名 芋縄 一輝

 紀元2665年9月25日付発令

 健全計画推進局健全計画推進部街宣第一課配属を命ず

      (国家健全大臣署名捺印)

 配属初日、芋縄は課長にあいさつに出かけると『おまえ、着任したばかりで、もうしわけないが、きょう、刈り込みがある。手がいるんだ。制服の支給を受けたら、第一係長の指揮を受けて、今晩すぐに出てくれ』と言われた。 「刈り込み」って、何だろうなと、芋縄は思ったが、素人扱いされたくないのであとで、調べるとして、『はい』とだけ、返事をした。

 課長は、年が32歳というが、頭はずりむけたように地肌が露出しているし外見上は50近いじじいにも見える。目がしょぼしょぼしていて、どこを見ながら話しをしているのかよく分からない。

 しかし、32歳で課長になったんだから仕事は出来るのだろう。健全省の本流といわれる街宣部の中で、ずいぶんと功績をあげたからこそ、この地位にいるのだ。

 そうおもってあらためて風采のあがらないおっさんを見た。ずりむけ課長の、しょぼくれた目の奥が目が会うと一瞬だけ、ぎら!と輝いたように見えたが、それは気のせいだったろうか。

 そうして、はっきりいって、ぶ男の課長を見ながら、芋縄は思った。

 『おれもやるぞ!もてない男のひがみのすべてを注入して、この業務に精励するのだふふ、ふふふふふふ、ふふふふふふふ、ふふふ、ようし、やるぞ、ふふふふふふ、ようーしやったるぞ、腐婦不賦父ふふふふ、うふふふふふ』

 笑いが止まらなくなった。ぶ男の頭ずりむけ課長は、そんな芋縄を、じろりと見て『おまえも、暗い怒りを内攻させて人生を生きてきたようだな。けっこうだ。大いに結構。ぞんぶんにはたらきたまえ。ここは、おまえのような者が力をふるうところだ。さあ、行け芋縄。おまえは第一係長の指揮をうけるんだ。係長は採精バキュームの使い手として、ことし国家健全大臣表彰を受けたばかりだ。おまえの指導役としては、申し分ない係長だ』

 『はい!』

 芋縄は第一係長を訪ねるべく、勇んで出て行こうとしたが、ずりむけ課長が呼び止めた。

 『待て』

 『は。。?』

 『念を押しておくが、第一係長は、女だ。しかもおまえが、これまでの人生で、あるいはこの仕事をしなければ、今後の人生でもまったく縁がなかったであろうほどの美人だ。採精バキュームを使うには、このふたつの要件が必要なので、国家は必要に迫られて、彼女たちを配置しているのだ。そこで、おまえに念を押しておきたいのだが。もしもだ』

 ずりむけ課長のしょぼくれた目が、一瞬くわああああっと見開かれた。

 『もしもだ。おまえが上司に劣情を催し、いんびな所行を働いたときは、わかっているだろうな。すべての特権は剥奪され、採精刑務所で生涯を送ることになる。国家健全法に反した犯罪者と同じようにな。そのことを忘れるなよ』

 ごくりと唾を飲んだ。

 さすがは、課長だ。このすごみがあるからこそ、風采はあがらなくとも、この若さで、このぶ男ぶりながら、国家健全省の出世畑を歩んでいるのだ。

 芋縄は身を引き締めて、課長の前を退出し、美人といわれる第一係長を訪ねた。

         (以下次回)


2005-06-13 【国家健全化計画2005】2 油山展望台に出動す、の巻

[国家健全化計画]

【国家健全化計画】2 油山展望台に出動す、の巻

 第一係長にあいさつしようとしたが、係全体が、今夜の出動に備えて、ごったがえしていた。誰にも相手にしてもらえない。

 芋縄は、意を決して誰か質問に答えてくれそうなやつがいないかと見渡した。ぐりぐりメガネをかけている、みるからに、不細工な顔をした、顔がぶつぶつ吹出物でいっぱいの男がいたので、彼を呼び止めて『係長に着任のあいさつをしたいのですが、新人の芋縄です』と話しかけてみた。

 『係長は、出動に備えて刈り込み服を装着中だ。おまえ、新人か』

 『はい』

 『おまえは制服あるか』

 この、ぶつぶつ吹出物男は、とんでもない鼻声である。言っていることが、よくわからない。

 この会話での、発音を正確に再現すると『係長は、出動に備えて刈り込み服を装着中である。おまえ、新人か』のところは、『ははりちょうは、ひゅひゅどうにそなへて、はりこみふくをほうひゃくひゅうである。ほまへ、ひんひんか』と聞えた。

 芋縄はあっけに取られたが、『制服がない、なんとかしてください』と、頼んだ。すると、ぶつぶつ吹出物男は、けっこう気のいいやつだとみえて『よひ。まかせとき』と答えて、被服庫から、芋縄の制服を持ってきた。芋縄は、首から身長、体重、血液型を記入した札をぶらさげている。

 『おまへ。ひんちょう161センチ、たいじゅう76キロとひんこくしとるな。らから、これら、この服ら』

 『これが制服ですね』

 芋縄は、あらためて使命感に身を震わせた。中学時代からあこがれていた、国家健全省の濃紺のブレザー、ベトナムズボンに簡易きゃはん、あみ上げ靴の制服が、この我身を包むことになろうとは。高等中学の卒業が決まると同時に、国家健全省への志願票を担任教師に提出して、この日を待っていたのだ。

 子供の頃から、女の子に、一度として優しくしてもらったことはなかった。こんな自分を、相手が好きになってくれるはずがないと、好きになった人にもただの一度も告白さえしなかった学校時代の劣等感の日々が今は遠くに感じる。ブサイクナジブンデモ、オクニノヤクニタテル!夢のようだ。うっとりしていると、ぶつぶつ吹出物男が言った。

 『さっさろ、きろよ。きょうはブレザーは着用しなくていいろ。刈り込みだからな。ふぐにブリーフィングがはじまるろ。係長も来る。いそげ、怒鳴られるぞ』

 『はい』

 午後5時、芋縄はほかの係員と第2会議室に移動した。係員は数えるとざっと40人。全員が、制服姿だ。芋縄はこの同僚たちに限りない親しみを覚えた。みごとなまでに、美男はただの一人もいない。

 これだ、この同僚とともに、やつらにテンチュウを下してやるのだ。芋縄が、にたにたしていると、正面の扉が開いて、信じられないような光景が現れた。

 正面に現れたのは、7人の女性たちであった。全員が若い。しかもコスチュームは露出度がすざましい、レオタードを基調にしているのか。身体のラインがはっきりと判る。芋縄たち一般係員が来ている制服とは、あまりにも違う。

 『おまへ。はじめてらな』

 ぶつぶつ吹出物男が、無遠慮に、芋縄の股間を右足で蹴り上げる仕草を見せる。 『われわれの上司らちは、しゃばにいらろきは、れんいんが、もでるとか、みすなんとかかんとかとか、していら人らちばかりら。れも、へんなきをおこしてみろ。一発でけいむしょらぞ』

 吹出物男は、メガネ越しに、皮肉なえみを浮かべて芋縄を見た。

 中央の髪が長くて黒いコスチュームに身を包んでいるのがが、第一係長で、ほかのグレーのコスチュームを着ている六人は、主査ということだった。

 ということは、上司は全員が女で、芋縄はじめ男は全員、無役ということらしい。男の役職がいないのは、どうしてなのか。芋縄は気になったが、これから指示される職務をまっとうするために、ブリーフィングに神経を集中することにした。

 係長が口を開く。ゴーグルを上げて顔が見えると、長い髪が揺れて、中から係長の白い顔が現れた。これがとびきりの美人だ。

 思わず課長の注意を忘れそうである。

 係長は、そんな芋縄の心を見て取ったかどうか。手招きして前列に来るように指示した。そうして全員に芋縄を紹介した。

 芋縄は、背が低いので、隣に立つ係長の長い足が、すぐ真近に感じられてどきどきした。直接視線を向けるわけはないが、この時の係長の大腿部の肌の稠密な感覚を後々になっても思い出すことができた。

 『きょうから、私たちの仲間よ。芋縄いっき』

 『かずてるです』

 芋縄は決然と訂正した。

 『いっき、のほうがかっこいいよ』

 係長はそう、微笑んだ。あー、いきなり惚れてしまいそうだ。芋縄は耳まで真っ赤になってしまった。

 『本日の目標は、福岡市城南区油山展望台駐車場。周辺住民より、ここ2日にわたり情報提供9件あり、第一係は全力で刈り込みにあたる。投入車両は収容車両1、街宣車両10、健全推進車両1で、目標に向かう。街宣行動は、包囲の上、健全推進車両による国家健全化推進音頭の放送と同時に投光器を照射、刈り込みに入る。係員の点検の後、犯罪があれば、採精バキューム班が展開し処置する。抵抗するものは収容する。犯罪事実がなく無抵抗のものは、即時釈放するが、国家健全法以外に犯罪事実があれば、警察官に引き渡す。出動は午後8時、午後9時には展開を終了し午後9時5分に行動開始する。以上』

 係長は、芋縄に『おまえは、はじめてだから、私と一緒に来るのよ。3号車に乗車しなさい』と命じた。

      (以下次回)


2005-06-15 【国家健全化計画2005】3 採精バキューム、の巻

[国家健全化計画] 

【国家健全化計画】3 採精バキューム、の巻

 目標地点は静まり返っている。まだ学生だったころ、芋縄にとっては、完全に無縁の場所だった、油山展望台。国家健全化推進法もなかったころは、市内有数のデートスポットとして、にぎわっていた。そう芋縄は聞いたことがある。しかし、もちろんのこと、当時は自分で確かめたことはない。

 『ここを刈り込むのは5年ぶりなのよ。しばらくやらなかったものだから、また集まって来ているみたい』

 係長は、芋縄に解説してくれた。女性に親切にされた覚えがない芋縄にとって、職務の上でのこととはいえ、じーんときてしまうほどの、係長の言葉だった。係長はまだ20代の前半みたいだった。

 『ほら、ぼーっとしてないでさ、ちゃんと見てなさいよ。これからがたいへんなんだからさ。下の出口は全部ふさいだし、あとはまつだけね』

 健全推進車両と呼ばれる車が、するすると前進してゆく。推進車両は、地味な緑色のユーノスロードスターだった。注意深く見ると警察や消防などが使う88ナンバーなのだが、暗いので分からない。しかも、アベックのように男女の職員が、そろいで乗っている。

 『あれで油断させるのよ。車で来ているやつらも、われわれには気を付けているからね。もちろん、車だけに気をとられたらだめ。外にもいるからね』

 『くわしいっすね』

 『仕事だから、詳しいのはあたりまえでしょ』

 午後9時5分になった。闇をつんざいて、やにわに国家健全推進音頭が流れる。

  • はぁー、国家健全、国家健全、健全音頭だみんなで踊れ
  • あーよいほい、ほほい
  • みこんのえっちは法律いはん、あーほれほれ
  • 未成年なら、たいへんだ、あーほれほれ
  • けっこん資格は剥奪で、
  • 一生、国家の発電機 あーそりゃそりゃ
  • はぁー、国家健全、国家健全、健全音頭だみんなで踊れ
  • あーよいほい、ほほい
  • 無資格えっちも法律いはん、あーそれそれ
  • 車の中なら、たいへんだ、あーほれほれ
  • 男は恐怖の採精バキューム
  • 女は子孫繁栄養殖場 あーこりゃこりゃ
  • (※どなたか、この歌詞に曲をつけて奉納してください)

 『あなたも、歌詞を覚えて仕事しながら口ずさむのよ。ふだんの心がけが大切なんだからね。ふふふ』

 係長は、国家健全推進音頭を自分でもくちずさんでみせた。よーし、歌詞を暗記するぞ。芋縄は決意した。

 投光器が駐車場一帯を照らしていた。駐車車両は12台。すでに完全に包囲されているため、逃走を図る車両はない。そのかわりに車を捨てて逃走するカップルは数組いた。

 『さ、あなたも、次からは逃げるやつを捕まえるのよ。逃げるのは大半は男だけどね。そろそろわたしの出番かな。それをちょうだい』

 係長は、掃除機を改造したみたいな器具を背中に背負った。手には象の鼻のようなノズルを手にしている。これが採精バキュームだ。

 『それ、どうやって使うんですか』

 『見れば分かるよ。どうでもいいけど、あなたがこれのお世話になることがないようにね。あなた、なんとなく意思が弱そうだから。最初に注意しとくね』

 『そんなことはありません』

 係長は、車を降りて点検している職員に、質問する。 『どう?』

 『はあ、係長、点検お願いします。本人は違反行為を否定しています』

 『分かった。照明をあてろ』

 芋縄は、パンツまで脱がされて、げんなりとした××を露出した若い男のあきらめの表情を見た。係長は、手慣れたてつきで、××を点検してゆく。

 『だめだわね。これは、法律違反は明らかだ。採精バキュームかける』

 『かんべんしてください』

 男は情けない顔で哀願する。 ウオーーーーーーン。うなるバキュームの動作音。象の鼻のような先端は、男の××をすっかり包み込み、係長は素手で男の腰をさすっている。いったい何のために?優しい言葉までときおりかけている。犯罪者に対して。

 『がまんできなかったの?結婚資格を剥奪されてもいいと思うほど、彼女を愛していたのね。可愛そうに。もう、彼女とはえっちできないよ。気の毒ね。これは、私からせめてものなぐさめの気持ちだよ』

 採精バキュームの吸い取り口に、係長は手を添えている。何のためにだ。男は係長の手と機械の振動による相乗効果によってか、たちどころに採精されてしまった。

 『あなたの生命は、国家のために大切に使わせていただきます』

 処置を終わった係長は、象の鼻を××、から放して、次の犯罪者に向かった。採精バキュームを鮮やかに使う係長の、美しい手の動きを芋縄は生涯忘れられないと、このときに早くも思っている。

 係長は、服務規律すれすれのところで、円滑に採精作業を続けて、昨年度の採精率最高賞を得たのだと、あとから聞いた。芋縄は、自分が犯罪をおかして係長に採精される夢を何度も見た。それは、芋縄にとっては、あり得ない夢だった。

 犯罪をおかすには、相手がいる。だが、その相手がいるようであれば、芋縄は、この仕事を選んだりしていないはずだ。刈り込み初日は、芋縄にとって忘れられない記憶となった。

 係長は、その後も芋縄を相棒に使い、さまざまな場所に連れ出した。

         (以下次回)


2005-06-17 【国家健全化計画2005】4 西区愛宕山刈り込み

[国家健全化計画]

【国家健全化計画】4 西区愛宕山刈り込み

 国家健全省の中での芋縄の仕事を語るうえで、忘れることができないできごとがある。

 「あのときの、あなたはすごかったよ」

 係長は、国家健全推進章を申請する書類を準備しながら、芋縄の顔をうっとりと眺めた。

 係長に見つめられた、このときの陶酔のような時間を、芋縄は生涯忘れないと、そのときに誓っている。

画像の説明

 「自分は、係長に褒められることなら、なんでもしたい。そうして、もう一度、うっとりと眺められながら褒めてもらいたい」

 そんなあからさまな願いを、芋縄はこのとき思い描いた。

 「わたしも必死だったけど、あなたは、もっと必死だった。課長も本部長に褒められたと喜んでいたし、健全推進章授章は確実ね。配属2カ月で手にする職員なんで、今までだれもいないよ」

 「はい、ありがとうございます」

 「あなたって、すごいね」

 「必死だったものですから」

 係長のために。そう言いたいところを芋縄はぐっとがまんした。

 「ねえねえ、お願いがあるんだけど」

 「なんでしょうか」

 「あなたの試用期間は今月いっぱいで終わりよ。だから、別の主査とペア組むのが本当なんだけど、新人が来るまで、あたしとペア組んでいてほしいの。そう課長に希望してくれる?」

 「はい、そりゃもう、喜んで」

 ああー、もう死んでもいい。でも死んだら係長と会えないので、死なない程度にある程度の悲惨な目にあってもいいな。芋縄はそう思った。

 採精バキュームを自在にあやつる係長の手が、今は芋縄の健全推進章の申請書類を作るためにパソコンのキーボードの上をかけめぐっている。

 芋縄の名前を全省に轟かせた、あの日のできごとを記録するために。。。

 6月1日、第1係は、福岡市西区愛宕山駐車場の刈り込みに向かっていた。住民からの通報で、数日前から、数組のアベックが出没し車の中で無届け、無許可行為に及んでいるらしいことが、分かっていた。

 1係は2係と合同で、午後9時、2手に分かれて配備についた。愛宕山山頂駐車場に向かう車道は2カ所しかない。

 それぞれの出口を封鎖して、駐車場でいちゃつくカップルを急襲し、摘発する。

 いつもながらのありふれた刈り込みとなるはずだった。

 しかし、午後8時50分、国家健全推進車両が、するすると前進して、所定の位置に着いたものの、第1係の車両10台のうち2台目の収容車両が道路の入り口のカーブでエンストしたまま動かなくなってしまった。

 先頭の係長と芋縄の車両だけは気がつかずに前進する。

 午後9時、配置についた係長が後続車両が来ていないことに気付いた。

 「無線封鎖解除して。定時に全車が所定位置につけなかったら、刈り込みは中止する。ぶざまな結果だけは避けたいからね」

 芋縄が運転席の無線ロックを解除して、マイクを係長に手渡そうとしたときだった。突然、すでに駐車場に侵入していた、国家健全推進車両が大音量の国家健全音頭を流し始めた。予定時間前だ。

 「あ、どうしたのかしら。まだ9時1分なのに」  その直後から、駐車場にいた車11台が動き始めた。逃走を図るようだ。しかもまずいことに、大部分の車が係長と芋縄の車両しか到着していない北側道路に向かって一斉に走りこんでくる。

 「こっちに来るよ。あっちの道なら2係がいるのにね。こっちは、わたしたちだけよ。芋縄、なんとかするのよ」

 「係長、バキューム持ってますよね」

 「持ってる。予備のカートリッジとバッテリーはトランクの中だけど」

 「それ持って、ここで待っててください。来ます。やつら、すごいスピードだ」

 「どうするの」

 「いいから、降りて」

 芋縄は係長を、車から降ろすと、向かって来る先頭車両めがけて、車を急発進させて、つっこんだ。どどどどどどおおおおおおおおおおんというものすごい衝撃音がした。

        (以下次回)


2005-06-20 【国家健全化計画2005】5 粘液まみれの幸福男

[国家健全化計画]

【国家健全化計画2005】5 粘液まみれの幸福男

 芋縄が運転する国家健全省のランティス2000は、前部のエンジン部がぐしゃぐりゃにつぶれた。シートベルトを付ける暇がなかったため、エアバッグは開いたものの、左前方に投げ出された芋縄は、ダッシュボードでしたたかに顔面を強打し、このときに額を切って血がだらだらだらだらと流れでた。

画像の説明

 しかし、ドアの開閉ができたので、車を降りて職務に忠実に、容疑車両に向かった。携帯電灯で闇を切り裂きながら、まず先頭車両の車内を照射する。

 先頭車両の運転席にいた女は、事故で負傷したのか、身動きしない。男がどこかにいるはずだが、見当たらなかった。

 車外を見ると、下半身丸裸の男が、車のかげから走り出そうとしていた。 「待て。逃亡すると即決裁判だぞ」

 自分でも考えられないようなでかい声を出して、一瞬の間に車を乗り越えて、男に飛び掛かる。

 抵抗するので、芋縄は電撃銃を使って男を倒した。

 芋縄は必死だった。ざっと見ても車両は9台はいる。まともに突破させると、一人の身柄さえも確保できないだろう。

 第1係長のメンツは丸潰れだ。刈り込みをぶざまな失敗に終わらせたことで、報告を受けるであろう陰気なずりむけ課長の皮肉な笑みが、美しい係長に向かってむけられることを考えると、耐えられなかった。

 芋縄は、自分の存在を誇示するように、逃走を図った先頭車両に飛び乗り、後続の車の中で息をひそめているカップルに向かい、自分の血まみれの顔を下から電灯で照らした。

 「その場を動くな。動けば、どうなるか分かるだろうな。府府府府不夫婦ふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 どのくらいの威嚇になるかは疑問だが、車のやつらが少しでもひるんでくれればいい。そんな願いからだったが、これが奏功したようだ。

 芋縄は追い付いて来た係長とともに、車両点検を始めた、電撃銃で倒した男には足に手錠をかけて放置した。意識がないので採精バキュームはつかえない。

 女は、事故で負傷しているようなので逃げられないだろう。

 2台目の車両にも、男がいなかった。運転席に女がいるだけだ。

 「検査する。脱げ」

 怒鳴ると、運転席の女は、芋縄を見て哀願した。

 「見逃してください。わたしたち、来月結婚するんです。結婚予定証明書もあります」

 「そうか。結婚予定証明書があるのですか」

 芋縄は、わざとていねいな言葉で応対した。

 「そうです。見逃してください。ほんのできごころだったんです」

 「わかりました。上司と相談してみましょう。彼氏はどこに」

 「トランクです。あの中にいます」

 「では、トランクルームを開けてください」

 「はい」

 トランクルームが開くと、芋縄は、素早く運転席のキーを抜き取り、女を電撃銃で打ち倒して、後ろに回った。トランクの中には男がいた。

 「出ろ。国家健全法違反容疑で逮捕する」

 下半身を隠しながら、男は哀願していた。

 「ぼくたち、結婚するんです。ほんとうです」

 「ほんとうらしいな」

 芋縄は結婚予定証明書をかざして、薄笑いを浮かべ、そして破り捨てた。我ながら非情な取締り官を演出することが出来たと満足した。そして係長を呼ぶ。

 「この男に採精バキュームお願いします」

 言い残して、次の車両に向かう。

 運転席はがっちりとした体格の男だった。

 「僕らは何もしていません」

 助手席の女の子をかばうように、男は容疑を否認した。

 「分かった、それなら検査してみよう。時間を取らせるな、脱げ」

 芋縄は自分でも恐ろしいくらいの迫力で、助手席の女に言った。顔からは血がだらだらだらだらと流れている。それが一層のすごみを持って相手に威圧感を与えているらしい。

 芋縄は上着から、試薬を取り出して、女性の◎◎にすばやく張り付けた。人形を使って訓練を積んでいるので、手慣れたものである。

 試薬をはがし携帯電気で照らすと、色は濃緑だ。

 「粘液濃度測定による感度は6.3以上だ。国家健全法違反は明らかだ」 係長を呼ぶ。

 「男は採精してください。女は検挙します」

 芋縄と係長は、この後、9台の車両のカップル9組を検査し、7組を国家健全法違反の現行犯で逮捕。1組を道路交通法違反容疑で警察に引き渡した。残る1組は未遂だったために放免したが、たった二人で短時間にこれだけの検挙を成し遂げた例は、これまでない。

 「芋縄、あたし、バキュームの替えのカートリッジ持ってきてないから、もう、あふれちゃうよ。バッテリー切れの警告サインも出てるしさ、手動で採精するなんてやだからね。それにもう、くたくた、誰も応援にきてくれないしさ」

 係長は、多数の容疑者から採精したために、粘液でどろどろになったノズルを手にしたまま、芋縄に、ぶーたれた。

 芋縄も係長に報告した。

 「係長、わたしも、試薬を予備まですべて使い切りました」

 額からの出血が、芋縄の体力を急速に消耗させたのだろう。報告しながら、芋縄は、ふらふらと係長にもたれかかるように倒れ込んだ。

 応援部隊がようやく到着し、南側車道を封鎖していた第2係も、不審に思って前進してきたので、芋縄と係長が処置した検挙者は次々に収容されたが、たった2人で、違反者を一網打尽にしてしまったことを知り、だれもがあっけに取られていた。

 係長もくたくたに疲れていた。手袋もコスチュームも、連続した採精作業のために、べとべとに汚れていたが、芋縄が地面に倒れこまないように力を振り絞って抱きとめていた。

 血まみれの芋縄は、係長の胸に抱きとめられる幸せと同時に、あせって抱きとめた係長が、持っていたバキュームのノズルを、芋縄の口の中に、むにゅーっと入れてしまい、おぞましさも味あわねばならなかった。

 「あ、ノズルが芋縄の口にはいっちゃったー。ごめんねー。でも、まあいいか−。汚いけど男同士のだからいいよねー」

 芋縄は血まみれの口に、バキュームのノズルを差し込まれながらも、仕事を成し遂げてほっとしたのか、満足げな表情で係長に抱かれていた。

(以下次回)


2005-06-27 【国家健全化計画2005】6

[国家健全化計画]

 『先輩』

 『なんら?』

 あるとき、芋縄は、鼻声ぶつぶつ男の先輩に尋ねたことがあった。

 採精バキュームのノズルの清掃は、芋縄たち平職員の仕事である。ノズルは1回の刈り込みで多数の犯罪者から吸い取ったとしても、そのまま使い続ける。犯罪者に対して衛生管理は必要がないと、いうわけだ。

 このため、愛宕山刈り込みのように、第一係長が9人もの採精を反復したときも、連続使用したため、ノズルはどろどろずるずるの状態である。

 不衛生このうえない。

 最初に採精されれば、まだ良いが、8人目9人目ともなると、他人の粘液でどろどろ状態なので、吐き気を催すほどに不潔なのだ。それを使われる犯罪者もたまったものではないと思うのだが、逮捕されるかどうかの切迫した状況なので、犯罪者たちは気になるもくそもないのであろうか。

 こんな不衛生な器具で採精される現実を知っていたら、だれも自家用車内での無届性行為(カーエッチ)などしたくはないと思いそうなものだが、世の中はそうは行かないらしい。芋縄たち職員が連日出動するほどなので、世に犯罪の種は尽きないのだ。

 『ノズルは、こうして俺らが磨きあげてますけどね』

 『。。。。』

 『カートリッジの中身は、いったいどこに行くんですか』

 『。。。。』

 『この前、係長がカートリッジあふれるくらい集めていたけど、どうするんでしょう。自分で捨てるのかな』

 鼻声の先輩は、周囲をちらっと見回してから、芋縄をにらみつけた。

 『おまへ。よへいなことに、きょうみほ、もつんらないろ』

 『え?』

 『おれらち、平ろ職員は、ひらなくてもひひ、ということだ』

 カートリッジの行方については、鼻声の先輩は、それ以上語ろうとしなかった。

 国家健全省の中には、謎が多すぎる。係長クラスは超美人の女ばかりだ。課長だけは、芋縄と同じように、決して異性からは興味の対象にされそうにない、超一級のぶ男だったが。。

 『おまへ、妙なこと考えると、犯罪者とおなじように、採精刑務所おくりらろ』

 『はい』

 鼻声の先輩はいつになく、厳しく芋縄をしかった。

 配属1ヶ月で、国家健全推進章の受章が内定した上に、芋縄があの第一係長に、可愛がられているという評判が立っているせいか、鼻声男の気持ちのなかに羨望と嫉妬が入り混じっていたのかもしれなかった。

            (以下次回)

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2005-06-30 【国家健全化計画2005】7 健全思想の徹底の巻

[国家健全化計画]

 刈り込みをしない日でも、仕事はある。街宣課の本来の仕事は、刈り込みという公権力の行使ではなく、文字どおりの街宣活動だ。

 まだ街宣課が、逮捕権を持たなかったころ、街宣活動は街宣課にとって、最大にして唯一の業務だった。

 しかし、逮捕権を得た街宣課にとっては、逮捕権の行使が主たる職務で、かつての中心業務だったはずの街宣活動は、今やそれほど魅力がない従の職務に変質していたようだ。

 この日は、国家健全省の第一係全員は、いちゃつくカップルで充満している、7月7日午後10時過ぎのベイサイドに繰り出した。

 『何をやるんですか』

 『犯罪の予防と、国家健全思想の徹底よ』

 係長に質問したが、具体的には、何も説明してくれなかった。

 半分どうでもいいという顔をしていたので『刈り込みほどには、緊張しない仕事だな』ということだけは理解できた。

 『それじゃ、あなたたち、お願いね』

 なんだ、係長は車の中で待機するらしい。

 芋縄たちを後目に、係長は助手席を倒して、はやくも仮眠の態勢である。

 真っ白な肌がのぞくえりもとがまぶしい。

 ああ、自分は何を考えているんだろう。

 芋縄は、自分を戒めながら街宣に出た。

 『何をやるんすか?』

 『まあ、みとひなはい』

 鼻声男は、そう言って、国家健全音頭を口ずさむ。

 はあー、国家健全、国家健全、健全音頭だみんなで踊れ あーよいよいほほい

 芋縄たちは、鼻声男を先頭に総勢8人。いずれも無法マツ印のとっこう服に身を包みさっそうたる足取りで、ベイサイドの緑色にあやしく輝く海が広がる場所に来た。

 そうしてベンチに座り愛を語らうカップルの背後にしのびより、全員で国家健全音頭を歌う。ただそれだけである。

 みこんのえっちは法律いはん、あーほれほれ、

 みせいねんならたいへんだ。結婚資格は剥奪で

 いっしょう国家の発電機

 びくつくカップルは、キスはおろか手をつなぐ気力も萎えるのか、げんなりとした表情でこちらを振り向く。

 たらこ唇とあだ名されている長身の職員が、携帯マイクを取り出して、カップルに言ってきかせる風を装いながら、ベイサイドに集まるカップル全員に演説を始めた。

 『こちらは国家健全省です。金曜日の晩をいかがお過ごしでしょうか。国家の承認を受けた結婚予定者とともに、楽しいデイトにうち興じる。それもまた有意義なことと思います。しかし国家健全省は、ここでいちゃつくすべてのカップルに、さらなる有意義な提案をいたしたいのです』

 何を提案しようというのだろう。

 芋縄も耳を傾けた。

 だが、ベイサイドの大半のカップルは、その提案を聞き飽きていると見えて、ばらばらと遠くの方へ退避してゆく。

 『大切な未来を、一時期の激情のために見失い、手を触れ合うことから、キッスへ、さらには、大胆なる無届け性交渉を行うことになったら、われわれに摘発されて、親兄弟も嘆き悲しむことになります。そこで、親愛なる男女のみなさま。感情が盛り上がりそうになったとき、われわれとともに、国家健全体操をして、むらむら気分を一掃しましょう。さあーいっしょにまいりましょう』

 夜中に流れる毒々しい音楽とともに、たらこ唇男が踊り出した。

 このたこ踊りみたいなけったいな踊りが、国家健全体操なのだろうか。

 芋縄は、自分もこの体操を覚えて、たらこ唇先輩のように、人前で踊れるようにならねば、と考えた。  街宣活動は30分ほどで終わり、芋縄が車に戻ると、係長は助手席で無防備に熟睡している。

 ねこのように丸くなって、なぜだかシフトレバーを握りしめて寝ていた。

 『疲れているのかな』

 芋縄が、車を発進させようか、どうしようか迷っていると、係長は目をさました。

 『あ、終わったの。ほかのみんなは?』

 『全車、戻りました』

 『そうなの。じゃ、帰りましょう』

 あーあ、のびをした係長は、ついでにあくびをした。

 あくびをするとぴったりしている第一種制服は身体の線をはっきりと浮き上がらせてしまい目のやり場に困る。

 ちらっと顔を見ると、あくびしたついでに涙が出たのか、係長の目が水分でうるうるしていた。

 『係長』

 『なあに?』

 うるうるした瞳のまま、係長は芋縄を見つめ返してきた。

 『尋ねたいことがあるんですけど』

             (以下次回)


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