化粧女王を探す長い旅 by 大王

2003-11-29 崩落する配車室の巻

[廃墟看護婦]

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 キツギ看護婦は、僕の記憶をたどるように、奥へ奥へと入ってゆきます。

 ホテルはすでに廃虚になっていました。30年もすれば、経営が悪化して倒産して閉鎖したなんてこともざらにある世の中ですから、それはそんなに驚くことではないのですが。

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 あのホテルは、30年前に開業してほどなく倒産したようでした。新品のまま、誰が引き取るでもなく、風雨に打たれて、ぼろぼろの残骸になるまで、たったの30年という時間しか、かからなかったといえます。

崩落しているタクシー配車室

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 床が抜け落ちて危うい状態なのですが、キツギさんは、屋根も半分崩れている部屋に入りました。

 そこは、従業員専用の宿舎だったようです。六畳一間だったお思われる間取りが、4つ並んでいました。すでに畳もはがされ、風雨にうたれるままに、荒れ果てていたのですが、一番奥の押し入れの周辺だけは、まるで新築したように新しかったのが意外でした。

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 昭和47年の日付けがある朝日新聞の古新聞が、押し入れの中に残っていました。 ホテルは、そのあたりまで営業し、やがて経営不振で倒産したのでしょう。

廃虚のプールを目指して

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 『キツギさん!』

 僕は声をかけましたが、強い風が吹いていて、僕の力がない声は届きませんでした。

 『キツギさん!』

 もう一度呼び掛けました。

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 彼女の現実の中から、消えてしまったように、僕の存在も、声も、差し伸べる手も、彼女に何も届かなくなっていることに気がついたのは、この時からです。

 キツギさんは、無言のまま、視線をあちこちに動かすのですが、視線の先には、僕の姿を一度も捕らえることがなく、言葉はなにひとつかえってきません。

失われた記憶をたどる

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 僕は、キツギさんを『呼び戻す』ことを諦め、彼女のあとをついていって、子供のころの記憶を呼び覚ますことに努めました。

 従業員宿舎には、何の記憶の手がかりもありません。

 昔、たくさんの人が集まっていた場所が、今は訪れる人もいない。その荒んだ光景の中にたっていると、現実感がどんどん薄れてゆくものです。

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 やがて海が見える丘のような場所に出ました。キツギさんは、眼下に広がる池のような構造物の廃虚を眺めていました。

 それが、何の廃虚だったのか、みているうちに思い出しました。そこは、海に面したホテルの専用プールだったのです。

 防火用水のように、濁った水が沈澱しているプールの水は、強い風にあおられて凶悪にさざめいています。


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