化粧女王を探す長い旅 by 大王 |
ノコピイさんが僕に話し掛ける時の口癖のようになっていることばが、イソギマショウ。
イソガナイト。気が焦るのですが、少し歩くと、もう汗がばらばらとわきでてきて、ほんとうに、動く水道みたいなありさまなのです。
軽快に先を急ぐノコピイさんからたえず四メートルくらい遅れたところに、僕がいるのですが、ノコピイさんは忍耐強く、ときおり、振り返りながら、先導してゆきます。
もう、どこにゆくのか、どんな店に入ったのか。とにかく休んで汗が惹いたら次にゆくという強行軍なので、もう、どこがどこやらさっぱり覚えていません。
アルテジオという美術館は、音楽をテーマにした美術館なのですが、建築自体がかなり変わっているので、音楽の美術館を楽しむというよりも、その空間を遊んで過ごす時間の楽しさの方が印象に残っています。
展示されている絵画や彫刻作品もあるのですけど、館内に入り込む光線の具合とか、美術館なのに、本を手にしてくつろげる場所とか、お茶が飲める場所とかがあり、作品を鑑賞して静粛に!という感じでもないのです。
ノコピイさんは、この美術館に入ってから、まるで、僕の存在がどこにもないかのように、チェンバロの椅子に座ったり、すっかりくつろいだりしています。
椅子に座ってぼうっとしているだけではなくて、次の瞬間には、髪をなおしたり、階段の一角にたたずんだりしているのです。
どうしてしまったんですか?
サア、ツギニイキマショウ!
いつも、せかされてばかりだったのですが、ここでは、せかすこともありませんでした。
このころから、疲れから来たのでしょうか。僕の視界がだんだんぼやけてきました。
あまりにもゆるい光線を浴びていたために、すっかり、ものごとがおぼろげになってしまっています。
ものごとが、だんだんに遠くなるということは、無性に焦りをおぼえることです。
ノコピイさあああん、どこにいるんですか?
あたしはココニイマスヨ。
返事はかえってくるのですが、ちっとも近くにいるようにはおもえません。
空き缶と王冠でできた怪獣がいました。背中から草も生えています。いったい誰がつくったんだろ。
側には、ギターをもった王冠野郎もいます。こどものころ、王冠を拾い集めて最大時一万個くらいになったことがあります。
それほどの王冠好きだったので、こんな使い方があったのかと、懐かしさとともに、うっとりしていました。
あー。化粧女王だよ。
豚の置き物の背後から、おじさんも声を出しています。化粧女王だぞ。
ここにいたんだ。
そうだ、ここにいる。
変な人形も三人いっしょに唱和します。
ソウダヨココニイル
ノコピイさんとはぐれたとたんに、あれほど美しい町に思えていた由布院が、とたんに恐い世界になってしまいました。
油断して、はぐれてしまったことを後悔しましたが、どうにもなりません。
歩いているといきなり出くわしたのが、ペンション想い出 です。いきなり想い出になってしまうようなわけなので、そのペンションは、正しくは閉鎖された元ペンション『想い出』なのですが、想い出をしみじみ眺めている間に、怪しい由布院が、僕の心にどんどん入って来て、どうにもならなくなってしまいました。
ティディベアショップにたくさんの観光客が集まっていました。表通りなのですが、そこを表通りと思いたくない程、まがまがしい店がたくさんあります。
オルゴールの館もあります。ここって、シーサイド百道みたいな、なんだか『成れの果て』感があふれています。
うわあああい。犬だあああああって思ったんですが、ちょっと変。目玉が全部黒目だし、頭部が別の生物みたいです。
こわいです。ひええええ。避けて近くの煎餅やにはいったら、おじさんの
おじさんの。。。おじさんの視線が虚ろでした。すでに心は現世にはないかのように。うつろな目で視界に捕らえられているかとおもうと、さらに恐くなりました。
ドコニイッテイタンデスカ。
ノコピイさんが下の部屋でまっていました。地上を歩いていたはずなのに、戻って来た場所が民家の二階だったので、まぬけなことに、階下にいるノコピイさんを見て、おかしいなとおもいながらも、あまりにも自然に、「すみません迷いました」と答えながら下に降りてゆきました。
下におりるとノコピイさんは庭に出ていて、となりの旅館みたいな建物を見ていました。
ふしぎなたてものですよね。
それは、昔、旅館だったんでしょう。今は廃業したのだろうけど。
ペンション「想い出」みたいに廃虚感がなくなり、民家みたいに自然にもどっているのは、建物の違いなのでしょうか。
あれは、いつの夏だっただろう。その髭男と出会ったのは。それは、長崎県対馬の西側にある椎根という、小さな集落でのことだった。その集落には、石屋根で葺いた小屋が点在し、それが珍しいので酔狂な観光客がよく訪れる。
しかし、その夏は、ずいぶんと暑い夏で、対馬を訪れていた観光客の多くは、海水浴ができる島の北部の砂浜がある海岸地帯に行っていたせいだろうか。この集落に石屋根見物に来るものは、ごく少なかった。だからこそ、僕は、彼に会うことができたのだろう。
男は僕が最初に見たとき、すでに廃屋と化した、石屋根の民家の縁側に腰をおろして、道行く人をぼうっと眺めていた。僕は「髭を生やした変な男がいるなあ」最初にそう思っただけで、足早にその男の前を通りすぎたのだが、破れた障子を背景に、ずいぶんと周囲の風景に溶け込んでいて、「ああ、なんか、いいなあ。このおっさん」と、そう思ったのもまた事実なのである。
それから、僕は、小さな観光案内板に従って、集落の中の石屋根群を順繰りにたずねて歩いた。直射日光が容赦なく照りつけるので、シャツの下は汗でびっしょりである。涼を求めるにも、近くの川は涸れ川だし、都会と違って、周囲には清涼飲料水を売っている店もない。結局、謎の髭男がそうしているように、廃屋の縁側に座り込んで、強烈な夏の光線をしのぐ以外に方法はないのだった。
「こんにちは」最初にあいさつしたのは、僕のほうからだった。「やあ」謎の髭男は、そう答えただけで、ほかには言葉を発せず、かわりに自分が座っている場所を、ちょっとばかり横にずれて、「ここに座れ」とでもいいたげに、視線を寄越しただけだった。
それから、僕と髭男は、余計な会話をいっさい交わすことなく、いきなり僕が「写真を撮らせてくれませんか」と持ちかけ、「いいよ」と答えてもらったので、その直後から写真撮影会のようになってしまったのだ。
髭男は、写真の被写体に数多くなったわけでもないのだろうが、じつにさまざまなポーズを取ってくれた。かたわらに地面から突き出た、棒があったので、その上に器用に座り込んでくれたのも彼自身の発案だった。「こんなけったいなポーズを取ってくれなくてもいいのになあ。でも面白い写真ができるから、まあいいかあ」。そう思って、当時、愛用していたPENTAX MXでおそよ20コマほどシャッターを切った。
髭男は、無愛想なやつではないかと、思っていたが、ファインダー越しに見る彼の表情はとても豊かだった。まばゆい夏の太陽を受けながら、彼は、停まり木の上で微笑んでいた。ああ、いいなあ。こいつは、いったいどんな人生を歩んできたのだろう。
対馬にはたった一人で来たのだろうか。すべては本人に質問することもなく、個人的な身の上については、お互いに、なにひとつ会話を交わさなかった。やがて石屋根の集落で撮影するのも飽きたので、場所を近くの神社に移動して、撮影を続けた。移動する間、髭男は、「うあああああああーっ」>と何度も背伸びをして身体を屈伸させた。それは、外部 から新しい気合いを取り入れるつもりだったのか、それとも無理な姿勢でサービスに努めてくれたので単に疲れたのか、それはわからなかった。野獣のような声を発し、それから何事もなかったかのように、僕に微笑んでくれた。
その神社には、日露戦争の戦利品として、砲弾が奉納されていた。敵国の軍艦の砲弾だろうか。日露戦争は、戦争には勝ったものの、国際社会の支援を得て、ようやく勝利を勝ち取った、あやうい勝利だったとも聞く。当時の国民があてにしていたような戦時賠償金が思うように取れなかったらしい。当時の政府は、せめて砲弾なりとも国内各地の集落に分配したのかもしれなかった。そうした、数少ない戦勝記念碑は、こうして、小さな神社の境内に、ささやかに奉納されて、やがてかなりの年月が経過したのだろう。
髭男は、奉納された砲弾をいとおしむように抱き抱えながら、「これといっしょに撮ってくれ」。そう言った。願ってもいないことだ。さび付いた砲弾を手にした謎の髭男とは、ここを最後に別れた。
「撮影した写真を送ろうか」そう言ったのだが、「いや、いらない。君の好きにしてくれ」。
髭男は、執着もなしに、そう言うと、「それじゃ。またどこかで会おう」。右手を高くあげて、最後のあいさつにした。僕も右手を高く挙げて、まるでナチス式の敬礼みたいだな。苦笑しながら、歩いて去り行く髭男を見送った。
きょうは、入学式よ。
ええー!?
町を歩いていると、いきなり呼び止められたのでびっくりした。
ニュウガクシキって、小学校の?
第50回の入学式だから、家の中に蚊屋を張ってごろごろしましょ。
蚊屋って、今は冬になろうかという秋だよ。そんな蚊もいないのに蚊屋をはるなんて。。。
いまはオンダンカだから、蚊だって年中いるのよ。さーごろごろしましょおおお。
自宅でくつろぐ時のファッションって、ひとそれぞれだと思うんですけど、蚊屋の中にいるときいは、やっぱりこれだと思います。
子供の頃、おばあちゃんに作ってもらっていた、マル金マーク入りの腹当て。これ、今年の秋からの流行になるとおもうよー。
きっとそうだよ。まちがいないって。
むかし、ばってん荒川が、男がと知った時の衝撃ってあったよね。
えーなんですか。そりゃ?
ばってん荒川は、ほんとうは男だったのに、いっつも、おばさんの格好でテレビとかに出ていて、ほんなこて、こん子は、ふざけんしゃんなよ! わめいていたけど、実はあるときに、男の姿でテレビにでて、歌をうたいはじめたので、もーテレビみて腰をぬかしたものよ!
えええーもともと男だったんでしょ。
だけどさあ。みんなわからなかったんだよ。
男の眉って、剃らないもんだよ。 なんかもーぶおおおおおおおおおおおって生えまくりしてないとさあ。今は、男も剃ってるし、女も剃ってるから。ほんとは、人間のまゆげってどんなもんかわかんないぢゃない。
その点、あたしの彼氏なんかはさあ。
えええー。隣の人って彼氏なんですか?
そうだよ。小学校の小遣いさんしてんのよ。
うわあああ。ぼうぼうの眉毛ですねえ。
男は、凛々しゅうなからな。つあーらんたい。
おおーしゃべったああ。
そして、女は、可愛ゆうなからんといけんよねえ。
妹さんですか?
妹はふだんから和服なんです。花火大会の時だけは、人込みかきわけなきゃなんないから、洋服なんだけど。
ふだんと逆ですねえ。
世の中が逆なんだよ。ふだんから着物なんですよ。
でも、自分は洋服きているぢゃんか。
そんなことは、どうだっていいのよ。男は、小さいことに口を出さない!男らしくいきなくちゃ。
女は、和服で年中とおさないと。新年最初の出勤日だけではなくて、ふだんからずうううっときていかないと。女らしくならないでしょ。
ジェンダーフリー教育に逆行するのではないですか?
なん?それって?
駄菓子やのむすめさんなあ、べっぴんさんばあい。 むかしから、そういう店には、べっぴんさんがおって、ほんとは小学生とかしかいかない店なのに、そういう、ベッピンさんがいる店には、無理矢理高校生の男子とかが、「あのー分度器ばください」とか、とんでもない注文をして。
「うちには、分度器はなかけん、となりの文具やにいってみてください」とか、わざとらしか、買い物ばしよったもんたい。
あーそれは、そうやった。べっぴんさん、て評判のたつと、「どこの店や?俺がいって、みちゃああけん」とか、でしゃばる兄さんとかもおんなさったよね。
うんうん。
べっぴんさんと気軽に写真が撮れるとは、あたしの特権よ。
別嬪さん。ベッピンさん。別嬪さんて、どげないみかいな?
しらん。だれかおしえちゃりー
落書きっていうのはさあ。へのへのもへじ。これだよね。へのへのもへじ、なんだけど、なぜか、じ、まで書いて、へのへの を囲む人は少なくて、へのへのもへ なのね。
でも、やっぱー、落書きの定番だったんだよ。
そんなもんですかねえ。
そうに決まってんのよ。
はい。
風呂のすりがらすとかに、指で書いていたものよねえ。
はあ。
じゃあさあ。あたし忙しいから。駄菓子屋の看板娘しないといけない時間だし。
ええー、そうなんですか。カンバンムスメなんすか。
なんか文句あるわけ?
いや、ぜんぜんないっす。はい。ハイアースの看板前ですね。オミズの看板はいいなあ。
オミズといえば、なんだったっけ、歌の題名を思い出そうとするけど、ついに思い出さなかった。うーっ。気になるうう。生まれてない時代だから、思い出さないでも恥ずかしくもないんだけど。けっこう有名な歌だったようなきがするけど。わからない。
炬燵こたつって、不思議な場所だよねえ。
そうかなあ。
そうだよ。大人がさあ、同じ場所に足を突っ込んでるなんてことある?会社とかでさあ。
まあ、普通ないけど。
ありえないでしょ。
ありえないけど、そんなに不思議とも思えないけど。
サンジウさんは、炬燵にあしをつっこむにしては、とても姿勢正しい姿で、炬燵に足をつっこんでいるのですが。炬燵にあしをつっこんでいると、人間、あまりものをしゃべらなくなるのも事実のようです。
無駄なおしゃべりをしないで、家族そろってひとつの時間を過ごす。そういう場所が、炬燵だったのです。
でも、炬燵な場所は、どんどんなくなってゆくのが、現代社会です。今の家族には、みんなではいる炬燵はありません。
石油ファンヒーターとか、冷暖房エアコンがあるだけなのです。
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