[思い出]落ち着かないですよ

　ところで木目さん。僕は自分の不安に気をとられて、気がつきませんでしたが、木目さんはリラックスしていないようにみえますけど。

　そうですか。

　リラックスしていない証拠があります。今はいえませんけど。

　そんなはずはないですよ。私はリラックスしています。とても落ち着いていますよ。

定まらない視線と

　木目さんは自分の言葉とは裏腹に、とても落ち着かない視線で、あちこちの壁を見ていた。

　そうして椅子からついに立ち上がった。

　どうしましたか。

　壁の高さが気になったものですから。どのくらいの高さがあるのか図ってみたくなりました。

壁の高さ

壁の高さを測るために、どうぞ立ち上がってください。僕は別に、木目さんが落ち着かない気持ちでいるからって、ほらみたことですか。なんて責めるつもりもないですよ。高さだけではなく、壁の厚みも確認してください。

壁の厚み

　木目さんは、壁の厚みも点検しはじめた壁によりかかって、十分な厚さがあり、仮の板とかではないことを確かめた。

　どうですか、厚みは十分ですか。それより、外に出られるんですか。僕は心配でなりません。

　そうですね。そろそろ出ましょうか。

出口を忘れる

　木目さんがやっとここを後にする気になったので、僕も、これで外に戻れるとほっとしたときだった。

　木目さんは出口が分からなくなったのか、部屋の中の階段のどこを降りてゆくのか、登ってゆくのか、失念してしまっているようなのだ。

　どこから降りてゆきましょうか。

あわてる私と

　ええー。木目さん。方向音痴の私に聞かないでください。

　たぶん降りるとおもうのですが、ちょっと確信がなくなりました。困りました。迷ってもよければ、どっちかに決めてそこを進むだけです。　消化設備もあるし、どこに出ても迷うこともないでしょう。とにかくここを離れましょう。

見覚えがない

　見覚えがないですね。どうしても思い出せない。

　思い出を大切にしていた木目さんが、思い出せなくてどうするんですか。思い出してください。僕も出口を思い出しますから。

　しかし、方向音痴が極まっている私には、出口を探すなんてえことは、まるで自信がない。この、火災報知機の横についている電話機を手にして出口をきけばいいな。

　迷う木目さんをみながら、そう考えたときでした。

椅子に戻る

　木目さんは、もといた椅子に座り込んでしまった。脱出路を懸命に思い出そうとしていた。

　そんなに考えなくても階段を登るか降りるかしかないでしょう。早くゆきましょう。

　語りかけたが、じっと瞑想にはいったまま、出口を思い出そうとしていた。

　まさか、このまま出れなくなるなんて、このときはまだ考えていませんでした。