化粧女王を探す長い旅 by 大王

2000-07-01

廃屋の庭園を後に

画像の説明 廃屋から去る時間が近づいてきました。

 私の顔も、これで見納めですね。

 バッテンサンガ笑顔で言うので、そのときは、本当にそうなるとは全然思いませんでした。

 ちょっと座ってください。話しておきたいことがあります。

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 ここから出られるようになるのはいいのですが、私とはもう会う事はできません。これからは一人で歩いてゆくのですよ。

 なんて快活な笑顔なのでしょう。一人でゆくなんて、そんな孤独な旅になるのは、まったくいやです。

手に旅に出る

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 テノタビとはそういう旅なのです。

 テノタビと発音するときの声が裏返りました。なんで、こんなところで裏返りするんだろう。そんなに緊張する場面でもなさそうなのに。

 手を机の上に置いて、バッテンさんは、再び沈黙の世界に戻りました。まるで、自分の手と見納めであるというかのように。

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 バッテンさんの姿がだんだん薄くなってきました。どんどん姿が遠くにかすんでゆきます。ここがどこのビルの屋上だったのか、背後に映るデザインで分かりました。

 このビルの屋上は、かつてビヤガーデンだったはずです。

 何か覚えておきたいことがありますか?

 それがバッテンさんの最後の質問だったように思います。記憶を失う魔術でも使うかのような言葉ですが、今でも、この言葉を覚えているくらいなので、バッテンさんは、どういう意味で、こんな言葉を最後の言葉にしたのか。いまとなっては、わからないのです。

いざゆかむ 手の旅へ

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 バッテンさんはいっしょに出てゆかないのですか?

 私はいっしょに行きたいけど、いまは行きません。

 永遠に出てゆけなくなるかもしれませんよ。どこにもいけなくなってしまったら、どうするんですか。ここで孤独に年齢を重ねるとでもいうのですか。

 そんなおおげさなことをいって、一人で行きたくないから、そんな脅しても無駄ですよ。

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 そうですか。わかりました。ここから一人で出てゆくことにします。

 こうして、手の旅が始まりました。いっしょに出てゆけなかったけれど、バッテンさんの思い出に、手の姿を思い浮かべる事にしました。

 バッテンさんは、いないけれども、バッテンさんの手はいつも、いっしょにいる。

 そう思えば一人の旅もまた楽しいものです。

 楽しいものですよね。

 バッテンさんの手に向かって語りかけると、ばってんさんの手は、金属のカップを握り締めて何も語りませんでした。手には口がないので言葉が出せないのですが、何かを語ろうとするときは、すぐに分かるのです。でも、このときは何も語りませんでした。


2000-07-03 そうして手の旅を始めた

いつも隣に

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 バッテンさんはいなくなったわけではありませんでした。

 バッテンさん。

 語りかけても何も答えてくれません。でも、返事がないけれども、手を見ていられる。手は何も答えないけれど、いつも隣にいるのです。

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 手の旅。。。バッテンさんは、どこにいったのかわからないけれど、これはナカナカいいぞ。とってもイイ。

 アイスカフェモカを握り締めた手は、カップを横にしても中の液体がこぼれないし、強く握っても軽く握っても、言葉こそないものの、いろいろなことを語りかけてくれます。

アイスカフェモカ

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 アイスカフェモカはおいしいですか。バッテンさん。

 このときまでは、手だけが見えるのではなく、手の周囲に写っているいろいろな風景が、店の風景であるとか、街の風景であるとか、手のほかに、いろいろなところもいっしょに見えていました。

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 それは、あたかも、ほんとうはバッテンさんの全身が、そこにあるのに、私が意図的に手だけに視線を集中しているようでした。

 実際には、バッテンさんは、私の隣にずっといたに違いないのです。

 しかし、見たことはありませんでした。消えてなくなってしまったバッテンさんを、隣に実在していたかもしれないバッテンさんのことを、思いながら、手しか見てはならないので、手としてのバッテンさんと対話していたのでしょうか。

手の現実感

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 それにしても、実在していたころのバッテンさんよりも、手とともに過ごすバッテンさんのほうが、とても現実感がありました。

 手に語りかけると、手は、優雅に微笑んでいたり、少し怒ったりします。

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 たいていの場合は穏やかでした。バッテンさんの存在を、手を通じて感じるためでしょうか、手と歩いているだけで、すれ違う人々から羨望まじりの好奇の目で見られることがありました。

 手だけになったバッテンさんとともに、市街地に出てゆくことにしました。


2000-07-04 手に触れラれて気が充満

チカゴロ

画像の説明 近頃、ドウ過ごしていますか。

 別に淡々としたものです。ところできょうはどこに行きましょう。

 まだ、手だけを見つめていることに、緊張していたので、トコロデ、ドコニ行きましょう。言われたときには、いったいどうしたらいいのか、頭が混乱してしまいました。

画像の説明 手しか視界に入らなくなり、言葉がなくなったバッテンさんですが、手を通じて様々なことを、語り掛けてきました。

 例えばこういうことがありました。

 体調が悪いときは、手に血管が浮き出てくるというので、ケッカンが浮き上がってくるのをじっと待っています。

 どうですか。浮き上がってきましたか。

 浮き上がってきたけど、浮き上がりかたが満足ゆかないのです。こんな風ではなくて、もっともっと派手に浮き上がらない事には。

浮き上がる

 体調の悪化を願うようなことを言わなくてもよいではありませんか。浮き上がらないのならそれにこしたことはないし。

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 どうして、浮き上がらないんだろう。浮き上がってほしくないときには浮き上がっているのに。

 バッテンさんはとても残念そうでした。あきらめきれないように、血管が浮き出ている右手を、いつまでもいつまでも壁に貼り付けているのでした。

画像の説明

 また、こんなこともありました。

 イシノウエニ手を置くと、ひんやりして気持ちがいいですよ。

 石ノ上ですね。石が冷たいからでしょうか。

 石は冷たいのだけど、手は暖かいから、ひんやり感がすごくあるのです。こころのなかまで染み入るひんやり感です。そんな感じってわかりますか。

手になって以後

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 わからない。そんな感じといわれても、私は手になったことがないし。手になったとしても、手でなかったときよりも、ものごとを雄弁に語るバッテンさんと同じ心境にはなれないと思います。

画像の説明

 煉瓦の塀であったり、赤色灯が埋め込まれた煉瓦の壁であったり、いろいろな場所を、手が触れてゆきました。

 手が触れている間だけ、煉瓦は生命を保ち、手が離れると、生命を失います。手が触れていたら、気が充満し、手が離れたら、気が減衰する。それは不思議な光景でした。

 そうして、バッテンさんは、正確にいうと、手になったバッテンさんは、とんでもないできごとに遭遇したのです。


2000-07-05

[手の旅]

画像の説明 きょうは、疲れています。聞きたいことがあるなら、できるだけあすにしてください。

 いきなりそんなに牽制されると、何も聞けませんよ。

 少しなら聞いてもいいですよ。

 少しってどのくらいですか。

 画像の説明 それは、あなたの判断に任せます。

 そんなことを言っているから、バッテンさんは、このあと、とんでもない目にあってしまうのですが、このときは、もちろん予測もできませんでした。

 バッテンさんの手は、だんだん透明になってゆくような気がします。

トンでもない目とは

画像の説明 鉄骨にもツボがあるって知ってましたか?

 そんなのは初耳です。

 こうして、両方の手で、ゆっくりとツボを押してください。鉄骨の筋に沿って、こう、ゆっくり強くならないように。

 こうですか。

 そうぢゃありませんよ。こうです。

画像の説明 こうですね。

 まあ、いいでしょう。

 鉄骨のつぼを押してなにがどうなるというのですか。

 弟子はつべこべいわずに私がやったとおりにしてください。

 いつのまに弟子になったのだろうか。弟子になった覚えはなくとも、こうしてつぼ押しを学んでいると自動的に弟子入りしてしまったようなのです。

つぼ押しからソフト整体

画像の説明 つぼを押すタイプのマッサージは、もみごわりという反作用が出てくるのが難点です。

 モミゴワリですか。

 そっと触れるタイプは、こちらになります。

 指先で触っているだけのようですが、ほんとうに効くんですか。

 効くんですね。これが。

画像の説明 よいですか。力を入れる必要はありません。ここです、この指先にある鉄板のくぼみ、ここがつぼです、ここを指先でそおっとつついてください。力を入れているかいないか、ぎりぎりのところです。

ここですか?私にはよくわかりません。バッテンさん。

師匠と呼んでください。これをしているときは私は師匠です。

ハイ。敬礼もしてしまいました。そうして、あのできごとがやってきました。予期していなかったので、まったく驚いているのです。


2000-07-06 筋張ってきました

少しだけ

画像の説明筋張ってきました。

 え?

 ほら、あそこを脱出した後に話していたことがあるでしょう。手が筋張る事があるって。

 ええ。思い出しました。あのときは筋張らない、筋張りが不十分だといっていたことですね。

 だんだん筋張ってきました。すこしづつ、こうして血管が浮き上がってくるのがわかります。

 私にはよくわかりませんが。

画像の説明 そのうちに分かるようになります。

 そんなものですか。

 そんな悠長な答えでどうするんですか。筋張っている私の身にもなってください。

 痛いんですか。

 痛くはないけど、筋張る気持ちというのが、どんなものなのか、話すことができないのがもどかしい。

花にかざすと

画像の説明 花にかざすと、筋張ってくるのがみえるかもしれませんね。この花に手をいれてみましょうか。

 はい。見えるようになればいいですね。どうですか。

 だんだん誰の目にも筋張りがあきらかになりつつあります。

 ああ!そういえば見えてきました。

 ねえ。見えてきたでしょう。これです。これなんですよ。

画像の説明

 黄色の花と対比すると、筋張ったところがはっきりみえます。

 バッテンさんは、とても満足そうでした。あれほど、見せたかった筋張る手の姿が、現実に進行しているのが、とても充実しているようなのです。

 満足ですか。

 いいえ、まだまだ、こんなものではないのです。もっともっと筋張ります。こんなものは、まだまだです。

黄色の花に筋張りを吸い取られる

画像の説明 ここで、最高潮の筋張りをお見せしましょう。

 サイコウチョウって、いったいどんな筋張りなのでしょう。

 これまでの筋張りなんか、ものの数にも入らないような、とんでもない筋張りが出現するはずです。

 しばらく黄色の花をはさんで、じっとしていますが、筋張りは、目立ってきたのは瞬間的なものだけで、やがて、次第に平穏になってきます。

画像の説明

 ああ、イケマン。だんだん、筋張りが消えてゆきます。どうしましょう。もっと最高の筋張りをお見せしたいと思っていたのに。みせることができなくなります。

 いいですよ。また筋張りが出てきたときに続きをみることにしましょう。

 黄色い花にからんだような手は、こころなしか寂しそうです。

 黄色の花に、筋張りを吸い取られたのかもしれません。

 バッテンさんは、そう寂しそうに話しました。


2000-07-07 コマイヌで思い出したこと

孤独な日々

画像の説明筋張った手は、次第に穏やかになってきたので、池をみにゆきました。

 手の旅もいよいよ、新しい段階に進むのですね。

 ゆったりとして、返事もありません。

 手は木につかまったまま、すましています。さっきまで、多少の筋張りが残っていましたが、今はその痕跡さえありません。

画像の説明 こうして、木にとまったまま、かなりの時間を過ごしました。

 どうですか。

 バッテンさんは、しばらく木にとまっていましたが、その後、コマイヌの足にとまりました。

 コマイヌの足はどうですか?

コマイヌの足は冷たい

画像の説明 ひんやりとしています。

 バッテンサンは、手をいつまでもコマイヌの足に置いていました。

 こうしていると、あの日のできごとを思い出します。

 どんな日のことですか。

 あれは、ちょうどきょうのような良い天気で、絶好のコマイヌ日よりでした。画像の説明

 バッテンさんが何歳のころのできごとですか。

 今年が29歳なので、ちょうど11年前のことですね。

 そうですか。そのころは、どんな手をしていたのでしょう。

体重97キロの世界

画像の説明 あのころは、体重が97キロあったので、夏なんか、もうとっても暑くて、折りたたんだおなかの肉と肉のあいだからどっと汗が吹き出るような。そんな猛暑の折柄でした。

 そんなに体重があったんですか。

画像の説明 水を飲んでも太る時期というのがあるでしょう。私の場合が、11年前、まさにそういう時期だったのです。

 コマイヌの足に手をからめながら、バッテンサンはうっとりと当時をなつかしんでいるようです。

 そうそう、吹き出た汗が、こう、じわっと流れてきて、そこに微風があたると、ちょうどクーラーの原理と同じです。そうなるとじわっと涼しい。


2000-07-08 新しい手の世界に

お願い

画像の説明こうして手の旅は、順調に進んでいるようですが、バッテンさんにお願いして、手だけではなく、バッテンさん本体に戻って欲しいと熱心に頼みました。

画像の説明 そうねえ。考えてもいいけど。

 熱心に頼むとものごとは開けるということです。

 気が向いたらね。気が向いたら元に戻るけど。気が向かなかったら、手のままでいたいです。

手のほうが好きなんだけど

画像の説明 手のほうが好きなんだけど。このままずっと手のままでいるほうが、どんなに気楽ですむことか。

 だめですか。

画像の説明 うーん。どうしようかな

 バッテンサン。

 うーん。

 決断のときですよ!

 バッテンさんは、無意味にじらしているようです。ほんとうは、戻ってもいいと思っていると確信しました。

迷い逡巡する手の姿

画像の説明 それではこうしましょう。気が向いたらではなくて、何年何月という期日を期して、元の姿にもどるというのはどうでしょう。

画像の説明 期日がずっと先に伸びてしまうと、私はどんなに、待ち遠しく思うことでしょう。

 そんなのはいやだ。

 そんなわがままをいっても、私のかってなんですから、どうにもなりませんよ。

 そうですか。落胆した落胆ぶりがあまりに印象的だったのでしょうか。手のひらに楽団を乗せたり、空に向かって元気に叫んだり、手の動きが活発になりました。


2000-07-09 ![手の旅]

[手の旅]誰にも会わない日々

画像の説明 テノタビヲはじめてから、誰にも会わない日が続くようになりました。

 誰にも会わないで、すぎてゆく時間というのは、長いようでもあり、永遠のようでもあります。別に誰と口を聞かなくてもかまわないのだけど、社会性というのですか。

画像の説明 社会性がかけてしまったら、手のたびが終わったときにどうなってしまうんだろう。

 寂しくもありますが、いつかは手のたびも終わってしまうし、社会に戻ることも考えたら、こんないつまでもぼんやりしているわけにもゆきません。

手が冷たくひかるように

画像の説明 そんな臆病なことでどうするんですか。

 バッテンさんは、言いました。さらに言葉を続けるのかと思い待ち続けたのですが。いつものように、続きの言葉はありません。

画像の説明 なにごとも聞かなかったように、閉じ込められた部屋の内側から、ガラス越しに外を見ているだけです。

 手が冷たくひかるようになってきました。

 バッテンさんが、独り言をいいました。こんなときに、どう冷たくなったんですか?と質問しようものなら、無視されるに決まっているので黙っていました。

ガラスの外側のできごと

画像の説明 実はここから外の風景には見覚えがあるのです。

 何年も前に、このガラスの外側にバスが通ったときに、ガラスの内側で、ある、とんでもないできごとが起きたのです。

画像の説明 とんでもないできごととは、今から思えば、なんだそういうことなのかと思うことかもしれませんが、当時は大変なできごとだったのです。

 いまは、丸坊主で町を歩く人がいても、そんなに目立ちません。それが男性であればなおのこと、たとえ女性であっても、そんなに目立つことはないでしょう。

 しかし、あの時代は違いました。女子はだれよりも女らしく、か弱く男性に庇護される。そんな時代でしたから。


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