化粧女王を探す長い旅 by 大王 |
今から65年ほど前、日本女性は必ずカエル帽をかぶらなくてはならなかった時代があった。
そんな時代があったこと自体、すっかり忘却の彼方に去ってしまったような現代だが、祖母や祖父に聞いてみると、『そういう時期があったねえ』目を細めて、思い浮かべて微笑んでくれるだろう。
あれは、タイショウ時代の中ごろだったかねえ。
その懐かしい時代が、平成16年の2月3日の節分の日をもって、66日間だけ復活することになった。
1月13日づけの新聞各紙とテレビニュースなどで、大きく報じられたため、承知している人も多いと思うが、いまなお、知らない人もいるというので、あらためて、その実情を報告しておこうとおもう。
きょうは、そうした全国一斉の行動の中から、特に、福岡県下のある村で行われた、カエル帽子戴冠式典の模様を報告しておきたいと思う。
なにしろ65年ぶりのできごとなので、日本全国は、この日のために、準備したカエル帽子を娘のために着せようと、父も母も競うように、手縫いのカエル帽子を作っていた。
その、両親の力作を娘達は誇るように頭に戴いた。その感動的なできごとが、2月3日の節分の日だったわけです。
街でも、村でも、正午のサイレンとともに、一斉にカエル帽子をかぶる姿があふれました。男性は、正午から3時間。屋外に出ることを禁じられ、お年寄りと乳幼児は、健全院で母親と昼寝をする規則になっていたため、どこを歩いても、カエル帽子をかぶった少女だけが街を歩いていました。
もちろん、その光景を眺めることができるのは、カエル帽子をかぶった少女たち自身に限られ、たまに屋内にやってきたときだけ、男性や母も、カエル帽に彩られたその姿をおがむことができたのです。
節分の正午から始まった式典は、日本国内どこでも行われ、それぞれの土地で、かえる帽をかぶった少女たちが町や野原を歩いていたのです。
新聞やテレビなどの報道は、政府通達によって禁じられ、写真などの撮影もカエル帽をかぶっている本人に限り、記念撮影のみの構図に限り認められていたのです。
この福岡県の地方で行われた式典の様子は、特に、全国かえる化推進本部が派遣した内閣記録班の撮影によるもので、とても貴重な記録映像となりました。
ある一級河川の川土手に集まったカエル少女たちは、思い思いの姿で、カメラの前におさまっています。
タイショウ時代当時の式典の様子がほとんど現存していないのですが、当時を体験した当事者たちのあいだに、いまだに強烈な記憶とともに思い出すのが、こういうなにげない時間の経過だということは、福岡県所在の留川スルさんの記憶でも明らかです。
スルさんが思い出すには、「郡役場から特に指名された私は、天子さまからちょうだいしたカエル帽子とカエルショールを身につけて、朝から村の神社にでかけました。春だったと思います。桜の花が咲いていて、それはもう。。。人生でもっとも幸せな時間でしたねえ」
スルさんは、目を細めながら、遠い昔を振り返っていました。
スルさんが体験した至福の時間を、同じように体験できるようになった。平成16年に生きる我々は、なんという幸福な時代をいきているのでしょうか。
やがて、大人になり、子供を育て、いつしか、カエル帽子をかぶれない時代になったとしても、彼女たちの心の中に、かえる帽子をかぶっていたあの瞬間のことが、永遠に刻印されるのです。
彼女達の目的地のひとつは、神社または、寺院。それとも両方でもかまいません。神仏にいきている時間を感謝し、カエル帽をかぶる幸せをかみしめることです。
タイショウ時代と同じように、65年ぶりに、神社の境内と寺の境内に、かえる帽子をかぶった少女達が集まるのです。
神仏もまた感激の極みにいるにちがいありません。
いよいよ週明けからは、参議院での法案審議が始まります。かえる帽子着用義務化法案が、無事に成立するでしょうか。われわれは、街頭で職場で法案の成立を、願わなければなりません。
小泉首相に抵抗するすべての野党勢力を排除し、全国をカエル化する崇高な使命のもとに、カエル帽子の進撃を、きょう、この瞬間からはじめるのです。
なにしろ、65年ぶりのことです。前例は高齢者の記憶の中にしかなく、当時と同じ手順を正確に再現することは、もはや不可能でした。
しかし、心の中に脈々と受け継がれていた式典の精神というものは、不思議なもので、語り継ぎ、実地に指導をうけなくとも、そのように体が動いてしまうのが不思議な点でもありました。
寺の境内にやってきた3人は、もっとも後輩にあたる一人の頭に直にカエル帽子をかぶせることで、新たな同志の誕生を祝福することになるのですが、これには、少しばかり手順があるのです。
何かを語りかけるのですが、それは当事者でないとあかせない秘儀になっていて、必ず口伝されるために、記録することはできません。
そして、なごやかな午後の時間を近くの集落の訪問の時間にあてます。青年壮年の男子は、すべてこの式典の最中は、国土防衛総合大演習に動員されていて、平和台練兵場で演習をしています。
村に残るのは、工芸や技能に優れ、兵役を免除されている青少年のみです。老人はいますが、ひっそりと奥にいるため、表には出て来ません。
どこをどのように唐突に訪問しようが、すべては、彼女達の自由です。どの家にいっても、縁側から室内に入り込み、茶菓の接待を受けることになっています。
さて、この3人は、どこにでかけるのか、出かける先はわかりません、わかりませんが、訪問をうけた家は、このイチネン。幸福が続くと言われます。大歓迎されるわけです。
しかし、おおはしゃぎで歓迎してはなりません。訪問を受けた側は、声を出すこともはばかられ、ひそやかに幸福をかみしめるだけなのです。
ここに紹介する福岡県のある村の場合、訪問を受けたのは、村で木工業を営むある職人の家となりました。もちろん、この瞬間、どこにゆくのか、誰にもわかっていたわけではありませんでした。
今度の国会で、「かえる帽子着用義務化法案」が成立し、めでたく、かえる帽子の義務化が、今年の六月六日から、全国で施行されることになりました。
国会に出席していたため、ページの更新が遅れて、申し訳ありませんでした。
小学校からの着用が義務付けられるわけですが、今年は義務化を祝福する、全国かえる帽子5000万人大行進が挙行されることになります。
かえる帽子着用義務化が始まる今年の六月以降。このような休息風景がいたるところで見られるはずです。かえる帽子を着用した女性がやってきたばあい、無条件で茶菓の接待をしなければなりません。
仕事がどんなに忙しくとも、茶菓を出すだけでなく、来客者が納得ゆくまでくつろげるようつとめる義務があるのです。
かえる帽子をかぶれる年齢は、長い人生の間で、ほんのつかの間のことです。結婚してしまえば、かぶる資格は永遠に失われてしまいます。
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