『まぼろしの枇杷の葉蔭で 祖母、葛原妙子の思い出』
金子冬実
四六判/並製/184ページ
定価:本体1,600円+税
ISBN978-4-86385-590-8 C0095
装丁 成原亜美(成原デザイン事務所)
装画 杉本さなえ
「幻視の女王」とも評された、戦後短歌史を代表する歌人、葛原妙子。彼女には家族にしか見せなかった別の姿があった──。チャーミングで愛おしい、「異形の歌人」の横顔。
「おばあちゃんとのことについて、色々な人が色々なことを言っているだろう。あれはみんな違うんだよ」
「あたりかまわず朱と咲きいでよ」と自らを鼓舞し、脇目もふらず作歌にいそしんだ歌人、葛原妙子。
子どもの頃、大森の祖母の家に行く時には何か冒険に出かけるような気持ちになった。かつての病院の敷地内にあった、広い平屋住宅。周囲には枇杷の大樹が緑の葉をさかんに茂らせていた。
孫である著者から見た葛原妙子とは──。戦後短歌史を代表する歌人と、その家族の群像がここにある。
向田邦子、須賀敦子を髣髴とさせる、極上の名エッセイ集。
2023年9月全国書店にて発売。
【本文より】
私は祖母のことを「おばあちゃん」と呼んではいたものの、祖母は世間一般で言う「おばあちゃん」らしさが感じられる人では全くなかった。夫にかしづき、家族を愛し、まめまめしく皆の世話をやいていた父方の祖母とあまりに違いすぎる。そのことに戸惑いを覚えつつも、ある種の諦めの気持ちがあった。
*****
「おばあちゃんはカジンだから……」
周囲の大人たちがしばしば口にする「カジン」という音に、「歌人」という漢字があてはまることを知ったのはだいぶ後になってからだった。「カジン」にせよ「歌人」にせよ、同年代の子供たちが親しまないこれらの言葉は、大人たちから与えられた玩具のように、幼い私の傍らにいつもあった。
【目次】
はじめに
大森の家 大森の家/祖母の思い出
祖母の生い立ち 葛原妙子の生い立ち/二枚の写真
軽井沢のこと 軽井沢のこと/眩しき金
朱と咲きいでよ ふたつの雛/朱と咲きいでよ/かけす/酒瓶の花/多擵のみづうみ/栗の木はさびしきときに/しずくひとつ、取りさった幸福/切手のこと/素晴らしき人生
室生犀星と祖母 イシのようなひと/畳の上の伊勢えび/實となりてぞ殘れる
まぼろしの枇杷 銀靈/貞香と妙子/祖父の思い出/まぼろしの枇杷
あとがき
【試し読みはこちら】
「大森の家」
【葛原妙子とは……?】
1907年東京生まれ。東京府立第一高等女学校高等科国文科卒業。1939年、「潮音」に入社し、四賀光子・太田水穂のもとで作歌を学ぶ。終戦後、歌人としての活動を本格化させ、1950年、第一歌集『橙黃』を刊行。1964年、第六歌集『葡萄木立』が日本歌人クラブ推薦歌集(現日本歌人クラブ賞)となる。1971年、第七歌集『朱靈』その他の業績により第五回迢空賞を受賞。1981年に歌誌『をがたま』創刊(1983年終刊)。1985年没。
【著者プロフィール】
金子冬実(かねこ・ふゆみ)
1968年東京生まれ。旧姓勝畑。早稲田大学大学院で中国史を学んだのち、東京外国語大学大学院にて近現代イスラーム改革思想およびアラブ文化を学ぶ。博士(学術)。1995年より2014年まで慶應義塾高等学校教諭。現在、早稲田大学、東京外国語大学、一橋大学等非常勤講師。1996年、論文「北魏の効甸と『畿上塞囲』──胡族政権による長城建設の意義」により、第15回東方学会賞受賞。
【書評掲載情報】
共同通信(東奥日報など各紙) 評者=平田俊子
《本書を読んで葛原妙子に親しみを覚えた。歌集を読み直すと犀星のほか、寺山修司率いる「天井桟敷」を詠んだ歌もあった。葛原との距離がほんの少し縮まったように感じた》
週刊新潮(10/12) 評者=大竹昭子
《思い出と混乱の館で暮らした或る歌人のメモワール 思いつきと混乱に満ちた家の中に、日常から飛躍する種が潜んでいた。》
ダヴィンチ11月号
《戦後短歌史を代表する歌人・葛原妙子に孫として接した著者が、忘れがたい日々を回想したエッセイ集》
毎日新聞(10/21) 評者=荒川洋治
《変な人であるが、同時にとてもよき人でもある。その魅力を、子どものときに感じるのはいたってむずかしいことだ。著者の感受性が随所に光る/「静かで涼やかな文章 見える家族情景」《静かで、涼やかな文章から、遠い家族の情景が見えてくる。ぼくは胸がいっぱいになった。ここに書かれた人たちのなかに、これを読む人がいる、あるいはそのまわりの人の姿があるように思えた。描かれたひとりひとりに、親しみを感じる》
西日本新聞(10/21) 評者=松村由利子
「幻視の歌人」の愛すべき素顔《祖母と孫娘という絶妙な距離感もあるのだろう。抑制の効いた知的な文章は、葛原の生きた時代と家族の群像ーー過ぎ去った一つの世界への限りない哀惜と慈しみに満ちている》
婦人画報WEB12月 安達絵里子の「着物問わず語り」
《「歌人・葛原妙子」の生涯や人となり、作品が生まれた背景を、孫娘の視線で静かに愛おしんで描き出した本書は、葛原ファンや短歌を好きな人には「待望の書」でありましょう。それに加え、一首の歌をより深く味わう手引きをしてくれるようにも思いました》
図書新聞(12/15)2023年下半期アンケート 評者=荒川洋治
《日本の文芸評論の多くは、見た目はいいけれど何も表現していない。実に貧寒なものと化した。本書のような文章の姿に未来がある》