書籍

『禽眼圖』 楠誓英

現代歌人シリーズ28
『禽眼圖』
楠誓英

四六判変形/並製/160頁 
定価:本体2,000円+税  

ISBN978-4-86385-386-7 C0092

第一回塚本邦雄賞(2020年)次席

片側を闇にのまれてそよぐ樹を観ればかつてのわたくしならん

楠誓英の歌は片側の闇を何かに捧げている。それを神と言ってもいいし、生の根源的な苦と言ってもいいだろう。闇は光に先立つ。
だが、一首ののちに〈わたくし〉は自由を得て沈黙する。夜空を渡る鳥たちのように、存在そのものがおそらくは光の言葉となって。
水原紫苑

 

【五首選】
木の下の暗がりのなか雨をみる禽(きん)のまなこになりゆく真昼
薄明をくぐりて眠るわがからだ枕の下を魚(うを)が泳ぎぬ
ことのはの手前によこたふ幽暗よやまは深々とうずくまりをり
朗読の声の途切れて右耳からざんと抜けゆく白き両翼
透明な傘ゆゑ君の両肩は灯にさらされて夜に沈みぬ

2019年12月全国書店にて発売予定。


【著者プロフィール】
楠 誓英(くすのき せいえい)
1983年 神戸市生まれ
2013年 第1回現代短歌社賞授賞
2014年 第40回現代歌人集会賞授賞
第一歌集『青昏抄』(現代短歌社、2014年)

 

現代歌人シリーズ
現代短歌とは何か。前衛短歌を継走するニューウェーブからポスト・ニューウェーブ、さらに、まだ名づけられていない世代まで、現代短歌は確かに生き続けている。彼らはいま、何を考え、どこに向かおうとしているのか……。このシリーズは、縁あって出会った現代歌人による「詩歌の未来」のための饗宴である。

現代歌人シリーズホームページ:http://www.shintanka.com/gendai

書評

「橄欖追放」 評者=東郷雄二さん
《フラットな口語短歌全盛の感のある現代の短歌シーンにあって、楠のような作風は奇貨とすべきだろう。「なづのき」の田中教子の回想によれば、楠は大学の卒業時からすでに戦前の文学青年のような雰囲気を身に纏っていて、かつての上海租界の豪奢と退廃が似合う青年だったというから、それほど不思議なことでもないのかもしれない》

「京都新聞」2020年3月2日 評者=大井学さん
《阪神大震災の記憶や祖父の戦争体験が静かな息遣いで歌われる。〔……〕技巧の丁寧さが、そう生きざるを得なかった不器用さをより印象付ける。楠にとって禽とは、あり得たかもしれない失われた自分自身の象徴》


「京都新聞」2020年3月2日 評者=真中朋久さん
《「あとがき」に「見えないものを視る『眼』が欲しい」と書いている。見ているものの奥深くを見るような作品が印象的。亡き兄への思い、祖父と戦争にかかわる作品などは重く読みごたえがある》

 

「短歌研究」2020年4月号 評者=武富純一さん
《闇にいたかつてのわたし、箱に眠る靴への思い。あとがきに「見えないものを視る『眼』が欲しいと苦しいまでに切望する時がある」と書く。いやしかし、この歌人は「視ている」と私は思う。〔……〕日常の景やふと浮かぶとりとめのない思い、些細な発見等を落ち着いた言葉でもって穏やかにうたう。静謐という言葉がいかにも合う歌人だ》

 

「現代短歌新聞」2020年4月号 評者=門脇篤史さん

《物や出来事の目に見える表層部分ではなく、その深部に差し込まれる著者の視線が感じられる。〔……〕歌集中には死や闇を想起させる歌が多い。それは、見えざるものに眼を向けた時、作者にとっては必然なのだろう。そして、死も闇も、日常目にしている世界と間違いなく地続きなのだ》

「角川短歌」2020年5月号 評者=實藤恒子さん

《天災と事故に遭遇した著者の渾身の書で、斬新な発想と達者さ、曖昧さが混在した不思議な一書である》

「短歌往来」2020年5月号 評者=大森静佳さん

《精神まるごとを「見つめる」ことに捧げるかのような、テンションの高い叙景の歌にまず惹かれる。〔……〕孤独感と恍惚とがぎりぎりのバランスで共存しながら、表現や文体は簡明かつ巧み。〔……〕少年時代に経験した阪神大震災、少年のまま亡くなってしまった兄、祖父から受け継ぐ戦争の記憶、引用一首目にうたわれた福知山脱線事故。生き残った自分自身と死者を非常に近くに感じつつ、死者が失ってしまった「時間」を自分の眼で鋭く見つめ尽くしたいという覚悟にはりつめた一冊である》

「神戸新聞」2020年6月19日 評者=楠田立身さん

《楠さんは教師だが僧籍もある。その関係か生死の関頭に立って命を詠んだ歌が多い。また表紙には猛禽とおぼしき禽の眼が闇を凝視している絵があしらわれ歌集の内容を暗示している》

「短歌研究」2020年7月号 作品季評 
《記憶なのか、それとも幻影なのかわかりませんけれども、映像としてはっきりとしている。楠さんの歌は、生きている人よりも、死んだ人や過去の人のことを詠んだときに具体性があると思いました》評者=樋口智子さん

《いつも兄が自分の傍らにいる。それが全くの死者としているのではなくて、ときにはどこか安らぎであったり、優しさであったり、懐かしさであったり、そういう雰囲気をまとって兄がいるというところが歌集に独特の陰影を添えているのかと思います》評者=栗木京子さん

《とても端正で上手な作者だと思って読みました。夜の歌が多いと思うのですが、夜という言葉は出てくるけれども、具体的にじゃあ何時ぐらいなのかとかを表現するものはあまりない気がして。多くは夜と一括りにされているような感じを受けました》評者=屋良健一郎さん