Home > 総合 > トルーマン・カポーティ (Truman Capote) ③

トルーマン・カポーティ (Truman Capote) ③

  • 2011-08-03 (Wed) 04:34
  • 総合

 ペリーはなぜ、無抵抗の4人を殺害したのか。特に最初に手をかけたクラター氏はのどをナイフでかき切り、苦悶する氏を銃撃するという残忍さだった。①で記した映画では、ペリーが獄中で作家に対し、クラター氏の目に「恐怖」を見て、気が付いたら殺していたと告白していたような気がする。相手のおびえを見て、自分の中にある残忍さに火がついたかのような。
 今回原作を再読してみたが、そのような記述はなかった。それに近い部分は次の場面だ。まず、ペリーは以下のように告白している。”I didn’t want to harm the man. I thought he was a very nice gentleman. Soft-spoken. I thought so right up to the moment I cut his throat.”(俺はあの男を傷つけるような考えはなかった。とても好感のもてる紳士だと思ったからだ。言葉遣いも柔らかだった。あの男ののどをかき切る寸前までそう思っていた)。そして、ペリーに面会に来た軍隊勤務時代のただ一人の「友人」に向かっては次のように語っている。カポーティが後でこの「友人」から聞き出した言葉だろう。”They [the Clutters] never hurt me. Like other people. Like people have all my life. Maybe it’s just that the Clutters were the ones who had to pay for it.”(クラター家の人たちが俺をひどい目に合わせたわけではないんだ。他の連中のように。他の連中は俺の人生でずっとそうだった。多分、連中の罪を被ることになったのが、あの一家の運命だったのかもしれない)
 クラター家にとっては不条理極まりない過酷な巡りあわせだ。ペリーが抱き続けてきた「自分の境遇」や「世の中」への不満、鬱積が、彼とは何の関係もない自分たちに突然、憤怒のごとく浴びせられたのだから。
 私はそうした不条理だけでなく、作家の頭の中には次のような思いもあったのではないかと考えている。人が凶悪犯罪に走るのはその人の生来の性質とかいうのではなく、生い立ちやさらにはその時の心理状況に左右される。普通の人と罪人を分ける線は極薄なもの。
null
 博物館の受付窓口で来訪の趣旨を説明し、「誰か当時の様子を詳しく知っている人はいませんかね」と尋ねていたら、「さあ、それは難しいかもしれません。それにもう50年以上前の事件ですし。第一、ここの人たちはカポーティの小説に不快な思いを抱いているんですよ。今もって」と受付にいたシャロン・ブランガートさんが身を乗り出してきた。「でも、日本から来たのだったら、手ぶらで帰途に就かせるわけにはいきませんわね。ちょっと待っていてください。私がいろいろ車で案内してあげましょう」
 案内の前に、私は博物館の一角に設けられていた今年の「来訪者一覧世界地図」にピン(印)を付けさせられた。「ほら、見て下さい。日本の上にはまだピンがないでしょう。日本からはあなたが今年最初の来訪者ということです」との由。「カンザス州は世界に自慢できる自然の美、伝統工芸があるんですよ。ぜひ、日本の方々にPRしてください」
null
 いや、実に親切なご婦人だった。71歳とはとても思えない若々しさ。彼女の車で一家が眠るガーデンシティ市内の墓地や少し離れたホルカムに今もほぼ事件当時のまま残る一家の家を案内してもらった。
  (写真は上から、博物館で来訪者の出身地を示す世界地図の前に立つシャロンさん。ホルカムの旧クラター家。家を買い取った現在の居住者はバケーションで留守だった)

このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。

Home > 総合 > トルーマン・カポーティ (Truman Capote) ③

Search
Feeds

Page Top