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ウィラ・キャザー (Willa Cather) ①

  • 2011-07-19 (Tue) 07:22
  • 総合

 ずっと昔の学生時代に読後感のとても爽やかなアメリカの小説を読んだ記憶がある。そう思って、今回の旅を前に、その小説を探した。作家の名前も小説のタイトルも恥ずかしながらすっかり忘れてしまっていた。アメリカに関わりのある何人かの人に尋ねたり、ネットで検索したりして探し当てようとしたが、不首尾に終わった。
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 探している過程で、“O Pioneers!” (邦訳『おお開拓者たちよ』)ではないかという指摘を受けた。1913年の作品だ。読んでみるしかない。どうも違った。同じ作家のもう一つの作品も読んでみた。“My Antonia” (邦訳『マイ・アントニア』)。こちらは1918年の作品だ。これも探していた小説ではなかった。
 それでも、この二冊の本に出会えて良かったと思った。著者のウィラ・キャザーは1873年に米南部のヴァージニア州に生まれた。ヴァージニア州は当時まだ南北戦争の傷跡が生々しく、彼女の親類の中には南部の軍に加わって北軍と戦った者もいたが、父親は北軍に加担したため、南部支持派の周辺隣人との関係はかなり険悪だったという。
 キャザーが9歳の時、一家は遠く離れたネブラスカ州のレッドクラウドと呼ばれる小さな町に越してきて、彼女はここで大学入学までの思春期を過ごす。大学も州都リンカーンにあるネブラスカ大学に進んでおり、ネブラスカの草原が彼女の魂を育んだ地と言えるだろう。彼女がレッドクラウドとそこに住むヨーロッパからの移民の人々をこよなく愛したことは作品や多くの文献から明らかだ。『マイ・アントニア』のヒロインのモデルとなったボヘミア(現チェコ)の移民の少女とは終生の友となる。
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 ネブラスカも彼女の功績を認知している。ネブラスカは1867年に合衆国に加わった州で、面積はともかく人口は180万程度小さな州だ。州都リンカーンの青空に一際高くそびえる美しい「ネブラスカ州議会議事堂」に足を運んだ。議事堂内には州の歴史の一端を伝える力強い壁画に囲まれ、州議会(一院制)、州最高裁判所があり、人気の観光スポットともなっている。ホールにはキャザーのブロンズ像も軍人、政治家の像とともに陳列されている。没後15年の1962年にNebraska hall of Fame(ネブラスカの殿堂)に選ばれたのを機に造られた。ブロンズ像の下に『おお開拓者たちよ』の一文が刻まれている。”The history of every country begins in the heart of a man or a woman.”(あらゆる国の歴史はそこに住む男や女の心の中から始まる)
 リンカーンを訪れている今、幸運にもダウンタウンにあるネブラスカ歴史博物館で「ウィラ・キャザー展」が催されていた。展示会の副題にA matter of Appearancesと付けられており、彼女が好んで着ていた衣服や装飾品などから、彼女の生きた時代、彼女の人生をたどる企画展だった。しかも無料。この企画を担当したティナ・ケッペさんの説明に耳を傾けながら、しばし、キャザーの世界に浸ることができた。
 (写真は上から、ネブラスカ州議会議事堂ホールにあるキャザーのブロンズ像。見とれるような議事堂。議事堂で毎日、来訪者を対象に定時に催されている見学会)

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