- 2011-09-20 (Tue) 12:30
- 総合
ホールデンはさらに寂しさから昔多少の付き合いのあった美少女のサリーをデートに誘い、スケート場のバーで駆け落ちのようなことをやろうと語りかける。もちろん、サリーは全然乗って来ず、ホールデンは急に相手に対する気持ちが冷めてしまい、席を立つ。よせばいいのに、その際、次のような痛烈な一言を発してしまう。
“C’mon, let’s get outa here,’ I said. “You give me a royal pain in the ass, if you want to know the truth.”
この ”a royal pain in the ass” も強烈な表現だ。3日続けて痛飲すると、通院したくなるほどの「痔主」の兆候がある私には、単に “a pain in the ass” だけで十分恐れおののきたくなる気分だ。 ”royal” (王室の)という箔が付いたところで、うれしくもなんともない。字面通りの訳ははばかられる。幸い、辞書には ”a pain in the ass” は「頭痛の種」という訳が出ている。ここはおとなしく、次のような訳でいいのだろう。
「さあ、ここを出よう」と僕は彼女に言ったんだ。「今の自分の気持ちを正直に言うと、君は今の僕にとってうんざりするほどの厄介者だよ」
ここまで侮辱されて、サリーが怒髪天を衝いたのは当然だろう。ホールデンは平身低頭、謝罪するが、彼女は許してくれない。
この小説ではホールデンや他の登場人物のいわゆるswear word(ののしりの言葉、口汚い言葉)が頻出する。“ya goddam moron” とか “For Chrissake” (Christ’s sake)、あるいは sonuvabitch (son of a bitch) などといった表現だ。このあたりが若者の当時の「肉声」を反映して、注目を集めた一因かもしれない。
ホールデンは酒は飲むわ、たばこも吸うわ、落第するわと優等生からは程遠い少年だが、一本心が通っている少年だ。彼は世間一般でまかり通っているphony(いんちき野郎)やそうした人々のphoneyな言動が許せない。以前に通っていた高校では、身なりの良い裕福な親とは笑顔を振りまいていくらでも話に花を咲かせるが、そうでない親とは単に握手をしてさっと過ぎ去ってしまう校長先生に我慢ができなかった。彼は男であれ、女であれ、そういう人たちを見ると、嫌悪感を抑えきれず、吐き気さえ感じてしまう。そこに読者は共感を覚えるのだろう。
小説が発表されたのは1951年のこと。サリンジャーは1919年の生まれだから、当時32歳の若さ。小説は発表後すぐにベストセラーとなり、サリンジャーは一躍流行作家となる。普通なら、理想的な展開だろう。ところが、これはサリンジャーにとって全然好ましくない展開だった。彼はこの後も作品を執筆、発表するが、段々と表舞台から遠のいていく。1963年以降は彼の作品が出版されることもなくなり、隠遁生活の作家として名を馳せることになる。昨年1月、91歳で死去。
(写真は上が、小説にも出てくるメトロポリタン美術館。ここも多くの観光客で賑わっていた。下は、そこで見かけた19世紀の油絵の一つ。これを見ただけでも訪れた甲斐があった)
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