- 2013-06-07 (Fri) 11:35
- 総合
久しぶりに上京している。週末に高校時代の同窓会があるからだ。宮崎の高校の同窓会が東京でというのは奇妙に聞こえるかもしれないが、高校卒業以来、東京周辺に進学、就職した同級生が毎年この時期に集っている。気の合った仲間たちのささやかな集まりで、中心メンバーは5、6人程度。私は大学卒業後就職で上京して彼らの仲間に加わった。かれこれもう30年以上続いており、いつからか、宮崎弁(西都弁)で「なんじゃろ会」と呼んでいる。
仲間の大半は今年60歳の還暦を迎える。いや、もう還暦になった者もいるだろう。私は早生まれだから、還暦となるのは来年の2月。まだ、辛うじて50歳代にしがみついていられるのはちょっとだけ嬉しく思う。還暦だから、今年は東京周辺に住む他の同窓生にも声をかけようということになっているが、もともと会則も何もない内輪の集まりだから、妻や夫同伴となってもそう大勢とはならないだろう。
良く言われることだが、学生時代の友人は世間一般の利害関係がないので、社会人になってからでは味わえない気さくな付き合いが可能だ。なんじゃろ会の仲間はまさにそんな間柄だ。俺、お前で呼び合う。(実際には西都弁だから「お前」は少しなまって「おまやぁ」となるのだが。このいささか間延びした「おまやぁ」がいい。「あんた」でも「君」でもない。よそよそしいところも、ぎすぎすした感じもなく、40年以上前、お互いに「純朴」だった少年の頃にすっと立ち戻れるのだ)
とまあそんなことを考えながら、いつも上京の折に定宿にしている浅草の安いビジネスホテルにチェックイン。昨晩は新聞社勤務時代の元同僚と湯島の小料理屋で旧交を温めることになっていた。はて、浅草と湯島はそう離れてはいない。昔だったら、タクシーに飛び乗っていたことだろう。石部金吉の暮らしの今はそういうわけにもいかない。近くに銀座線の浅草駅があった。駅員さんに聞くと、上野広小路まで行けば、そこから歩いてすぐだとの由。実際その通りだった。東京は地下鉄や電車を乗り継げばたいていのところは足を運べる便利な大都市だ。そのことは承知していたが、東京の暮らしから遠ざかって久しくなる身には上京すると、すっかり「御上りさん」になった気がする。
まあ、所詮田舎者である。宮崎の大学を出て、新聞社に就職するために上京。東京に身寄りのない新入社員は当時鎌倉にあった社の保養所があてがわれ、一週間程度の新人研修で毎日、ラッシュの電車に身を置いた。ある朝、警視庁で社会部先輩記者による研修があり、電車に乗ったはいいが、都心に着いて道に迷った。タクシーを捕まえ、「警視庁まで」と言ったつもりが、発音が悪かったのだろう、「錦糸町」で降ろされた身である。
私は電車や地下鉄に乗っていても、いつも、目的地とは正反対の方向に向かっている気がしてならない。思えば、私の人生、とんでもない場所で「途中下車」しているのかもしれない。まあ、人生の「上がり」は誰であれ、間違えたくても間違うことはないのだから、そう気にすることはないのであろうが・・・。
(写真はホテルの近くから見える東京スカイツリー。東京タワーは何回か上ったことがあるが、これは一生上ることはないのだろう)