- 2016-06-26 (Sun) 10:31
- 総合
株価の急落など世界中に激震の余波を及ぼしている英国の欧州連合(EU)離脱を決めた国民投票。EU諸国の指導者層からは英政府に対する厳しい視線が注がれている。今後の離脱交渉はかなり冷ややかなものとなりそうだ。そうした空気を伝えるNHKテレビや英BBCのニュースを見ながら、私は英国の文豪、H.G.ウェルズが書いた未来小説 “The Shape of Things To Come” を思い出していた。『世界はこうなる』(吉岡義二訳・明徳出版社)という邦訳本もある。
第二次大戦勃発前の1933年に書かれ、日本の軍国主義、中国侵略、そして敗北など、現代に住む我々が今読んでも「予言は当たった」と感じることの多々ある興味深い小説だ。22世紀初頭までの未来が描かれていて、そこでは試行錯誤の末に人類が行き着いたのは「世界国家」(world state)だったことが記されている。残酷な世界大戦を体験した人類が自分たちの愚かさに気づき、争いを根絶するためにその元凶である国民国家を廃絶して「世界国家」を樹立するという筋立て。今我々が知っている「国民性」は無意味なものとなり、対立をあおる「宗教」も捨て去られ、英語が「世界共通語」として確立される。教育にしても「世界国家学校」という学校を除いてはいかなる学校も存在していなかった。人類のサバイバルを願う究極的な夢物語と言えようか。
私は拙著『イギリス文学紀行』でウェルズの短編 “The Time Machine”(邦訳『タイムマシン』)を取り上げた。こちらの作品では病気や飢え、争いを克服し、何不自由なく幸福に暮らす西暦802,701年の人類の姿が描かれている。ウェルズは1866年に生まれ、1946年に没しているが、時代のかなり先を歩んだ作家だったようだ。『文学紀行』の中ではウェルズに詳しい大学講師に話を伺っている。ウェルズの政治信条は我々が国民国家に固執する限り、人類の未来はないというものだった。だから、国家の枠組みを克服して、「世界国家」を樹立すべきと訴え続けた。そうでなければ、人類は破局に向かうことになると。
ウェルズから見たら、最終的に政治的統合をも視野に入れた今のEUは「世界国家」への礎みたいなものと映るかもしれない。そうした統合の動きが母国の国民によって頓挫させられる結果となった。『文学紀行』でも書いたが、彼は死去する何年か前に墓碑銘には何がいいかと尋ねられ、“Goddam you fools, I told you so!”(くそっ、君たちはなんて馬鹿なんだ。私はそうなると何度も言ってただろ!)と答えたとか。
英国の前途は極めて視界不良。第一、連合王国である英国の存続自体も危うくなった観がある。肝心の経済も英国債の格付けを見直す動きが相次いでいるほか、海外の金融大手が英国の従業員数を削減する検討に入ったとも報じられている。離脱を選んだ反EU派の人々は国民投票日だった「6月23日はこれから英国の独立記念日となる」と意気盛んなようだが、果たして彼らの目論見通りに推移するのか。
サイエンスフィクションの父とも称される文豪が今の英国民を見たら、果たしてどのような言葉をかけているだろう。私にとってイギリスはまた住んでみたい国だし、ロンドンもいつか再訪したい。友人もいる。文豪の口から発せられるのが “Goddam you fools, I told you so!” という言葉でないことを願う。
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