- 2022-04-30 (Sat) 16:14
- 総合
本日は4月最終日。明日からは5月。本当にあっという間に時間が過ぎ去っているような気がしてならない。今年はコロナ禍に加え、ウクライナの信じ難い戦火もあるから、何だか一層そういう気がしているのだろうか。考えたくないが、これに心配される大地震でも起きたら、心中は陰鬱極まりないものとなるだろう。一刻も早くウクライナの人々に安寧の日々が戻り、コロナ禍も収束することを心から願い、そして祈る。
◇
ウクライナ情勢に関しては、先日のジャパン・ニュース紙に「我が意を得たり」の論評記事が掲載されていた。米ワシントン・ポスト紙からの転載で “Xi, Putin twist meaning of ‘peace’ and ‘security’ という見出しが付いていた。
かつてないような蜜月関係にある中露の首脳がウクライナ情勢に関しても見解を同じくしていることを批判していた。内容はほぼ想像のつくものだったが、ウクライナで起きている悲劇はかつてロシアのスターリン独裁時代にも起きていたと説いていた。プーチン露大統領はロシアとウクライナはとても近しい親族関係にあり、両者は一体であるかのように主張しているが、スターリンは第一次大戦後の1930年代にウクライナという存在を地図から「抹殺」するかのような虐殺・圧政を繰り広げたとか。それと全く同じことをやろうとしているのがプーチン現政権だと告発している。
私はウクライナの人々をプーチン氏がよく「ナチ」と非難しているのが不思議でならなかった。ウクライナはユダヤ人を殺戮したナチスとは関係がないだろう、なぜ、そういう呼称を浴びせるのかと。ヒトラー率いるドイツ軍が1941年にロシアに攻め込もうとしたとき、そのルートとなったウクライナではスターリンよりもまだましだとナチスの越境を歓迎する向きもあったのだとか。こうした経緯も盾に取り、プーチン氏はウクライナ侵攻の正当性を主張しているようだ。次のように書かれていた。Yet today, Putin uses that history to persuade his duped nation that the Ukrainians are nothing but Nazis.
論評は我々が今ウクライナで目にしているのは、ジョージ・オーウェル的な倒錯した世界だと断じている。ロシア軍の蛮行が “peace”(平和)を求めてのことであり、ウクライナ人に対する迫害はロシアに “security”(安全)をもたらすのだというプーチン氏の主張を鵜呑みにすることなどできようはずもない。
◇
有言実行ではないが、積ん読状態にあった文庫本を手にしている。夏目漱石の名作の一つと言われる『坑夫』。明治・大正時代を代表する文豪の作品はたいてい読んでいるが、これはずっと以前に書店で買い求め、読み始めたものの、なぜか興味が失せ、ベッドの下に放っておいたままになっていた。
それでベッドの下から取り上げ、読み始めた。読み始めた冒頭に近い部分で、沿道の茶店の女将さんが客応対の間にお店の裏手に回り、松の木に向かって立ち小便をするシーンが描かれていた。昔は世の東西を問わず、立ち小便は男の特権ではなかったのだろう。いやはや、それにしても昔の女性はたくましかったのだなあ!
- Newer: 日本人が英語が苦手な理由
- Older: 女には「命」の髪の毛が2000円?!