- 2021-08-29 (Sun) 18:07
- 総合
じんましんを発症して以来、脳内が夏休みに入ったみたいで、ブログをアップするのも難儀になった。ふと気がつくともうすぐ9月だ。2021年も残すところ4か月。あっという間に過ぎ去ろうとしている。年を取るのが早いはずだ。
いつから見始めたのか覚えていないが、このところずっと毎週土曜日夜にケーブルテレビで観ている中国の放送局のドラマがあった。中国語では「全家福」というタイトルで、邦訳は「家族写真」。はまるつもりはなかったが、はまってしまい、土曜夜は野球中継が佳境になっても、このドラマにチャンネルを変更し、一時間半ほどたっぷり付き合わされた。
放送局の解説文によると、1940年代から2008年の北京五輪までの期間、北京の伝統的な家屋に住む3世帯の家族の生活を通して中国社会の変遷を描いたドラマとか。主人公は昔気質の大工王满堂。もちろん日本語字幕があるからフォローできたのだが、時に私の耳でも聞き取ることができる会話もあり、それなりに楽しめた。
土曜日(28日)が最終回だった。最後の最後に、老いた大工の王满堂から耳の痛い言葉が飛び出した。40過ぎても独り身の息子に彼が早く身を固めるよう諭す場面の言葉だ。
ネットの助けを借りて彼のセリフをここに採録すると、「一个男人 无论他干成多大的事 这辈子如果没被一个女人喜欢过 真心爱过 不能挑起一个门户来 他就不算一个真正的男人 就不配我夸他」。字幕の日本語表現は一瞬だからここに採録は到底無理。上記の文章を私の拙い訳で勘弁してもらう。「男というものはだな、どれほど大きなことをやり遂げたとしても、人生で一人の女性に好きになってもらえなければ、心から愛してもらえなければ、一家を成したとは言えないし、本物の男とみなすこともできない。私はほめることもできない」。だいたい、こんな意味合いだったような気がする。
「真正的男人」は中国語の素養がなくとも、「本物の男」ぐらいの意味ではないかと推察できるような気がする。英語だと “a real man” とでもなるのだろう。上記のセリフがテレビから流れた時、ずっと独り身で暮らし、これからも一人で生きるであろう私は頭を垂れるしかなかった。おとっさん、おっかさん、許してたもれ!
中国語のタイトル自体が家族の大切さを説いたものだとか。家族は多ければ多いほど幸せであり、だから家族全員が映った写真が「全家福」と呼ばれるらしい。私は幼い頃に母方の祖父母の家に親戚一同が大勢集まり、田んぼに勢揃いして撮影した写真を今も大切にしまっている。昭和30年代の日本の農村が香り立ってくるような白黒写真だ。これなどまさに「全家福」だと思う。残念ながら私には叶わない福だ。
中国のドラマ「全家福」を見終えて、正直ほっとしている。NHKの朝ドラをなぜ見ないかというと、癖になるからだ。癖になると、身動きが取れなくなる。それでなくとも見たい、見ているスポーツ中継、将棋中継などが目白押しだ。韓国ドラマも最近はすっかり遠ざかり、たまにちょっとの間、つまみ食い的に観ている程度だ。ケーブルテレビの番組表を先送りすると、「全家福」の後にまた面白そうなドラマが始まるようだが、もう付き合うのはよそうかと思っている。思ってはいるが、土曜日夜がやって来ればまたチャンネルをカチャカチャしているのかもしれない!
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