- 2016-03-18 (Fri) 22:34
- 総合
「閑中閑あり」での読書。最近読んだ本で少し記すとすると、本の表書きの文言に違和感を覚えた。書店でふと手にした文庫本は『カフカ短篇集』(岩波文庫)。東欧出身のこの作家は過去にあの有名な『変身』や『城』、『アメリカ』などを読んだことはあるが、まとまった短篇集は読んだような記憶がなかったので、購入して少しずつ読み進めた。
表書きには次のように紹介してある。実存主義、ユダヤ教、精神分析、————。カフカ(1883-1924)は様々な視点から論じられてきた。だが、意味を求めて解釈を急ぐ前に作品そのものに目を戻してみよう。難解とされるカフカの文学は何よりもまず、たぐい稀な想像力が生んだ読んで楽しい「現代のお伽噺」なのだ。語りの面白さを十二分にひきだした訳文でおくる短篇集・・・。
私は『変身』に代表されるカフカ文学の魅力に異議をはさむつもりは微塵もないが、この短篇集にあった約20篇の短編が「読んで楽しい現代のお伽噺」とはあまり感じなかった。『火夫』と訳された短編は途中から以前に読んだことがあることを思い出したが、この作品にしてもはなはだ消化不良の作品だと改めて思った。カフカはドイツ語作家だから、ドイツ語を解して読めばまた別の味わいがあるのかもしれないが、少なくともこの翻訳文庫本では無理だと感じた。この作品が記憶に残っていたのは物語の内容ではなく、英語の訳本で読んだ時に、タイトルの “The Stoker” という文字を見て、昨今の社会で問題になっている「ストーカー」行為を連想したからに他ならない。表題のstokerは列車や船の炉や釜に石炭などを入れ、エンジンを動かす火をたく「かまたき」(火夫)のこと。いわゆるストーカー行為を行う人(stalker)とは全く別の語である。
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違和感と言えば、新聞を読んでいて、そうした思いを抱くことが増えた気がしてならない。「粗探し」をしているわけではないのだが、え、そうではないだろうとため息をつきたくなるようなことが結構ある。最近のケースでは、ヒラリー・クリントン氏が米大統領選の民主党指名候補争いで抜け出したことを報じた記事。読売新聞ではワシントン発で有力紙の電子版が彼女の指名獲得を「既定の結論」と伝えたと報じていた。
この記事の意味は言うまでもなく理解できる。「既定の結論」がほぼ間違いなく英語では “a foregone conclusion” という表現だったであろうことも。ただし、私はこの時期にきての “a foregone conclusion” はもう「既定の結論」とは訳せないだろうと思う。民主党も共和党も指名候補争いの火ぶたが切って落とされてだいぶ時間が経過する。その上でクリントン氏の優勢が段々と濃厚になりつつあるのだ。この時期にきて「既定の結論」はないだろう。指名候補争いが始まったばかりの頃ならそう表現できるだろうが、この時期となっては、私は違和感を感じる。「指名をほぼ手中に」とか「指名ほぼ確実に」などの表現の方が妥当だろう。「硬直」した翻訳表現ではせっかくの日本語の味わいが台無しになってしまう。
類似の拙訳を重ねてきた身には「他山の石」(a lesson I should cherish)とすべきことであるが・・・。