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ジョセフ・コンラッド(Joseph Conrad)②

  • 2012-07-19 (Thu) 07:51
  • 総合

 ヴァーロックと大使館のウラジミール一等書記官とのやりとりが興味深い。一等書記官はヴァーロックが全然「任務」を果たしていない、怠惰極まりないと非難する。「イングランドを覚醒させる必要がある。イングランドの愚鈍なブルジョア階級は彼らの敵が暗躍しつつあることを全く認識していない。イングランドの中産階級は愚かである。彼らを覚醒させ、彼らの敵を取り締まる必要性を認識させる必要がある」と。ウラジミールにとって帝政ロシアを維持していくには、帝政打倒を目指している反体制派を一掃する必要があった。イングランドの人々をロシアの反体制派摘発に向かわせる必要があった。
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 必要なのは、行動だ。ヴァーロックが食い込んでいるアナーキストたちをけしかけ、イングランドの社会構造の土台を揺るがす行動だ。ブルジョア、中産階級を震撼させる最も効果的な行動は何か。それは「天文学」(astronomy)をターゲットにするテロだ。ウラジミール一等書記官はグリニッジ天文台(Royal Greenwich Observatory)を破壊することを求める。“The whole civilized world has heard of Greenwich. The very boot blacks in the basement of Charing Cross Station know something of it.”(文明社会に住む人々であればグリニッジ天文台のことは耳にしたことがあるだろう。チャーリングクロス駅の地下の靴磨きの黒人だってそれぐらいは知っている)
 ヴァーロックの家はテロリストや同調者たちが集う場となっていることが分かる。メンバーは、今は仮出獄許可状で自由の身となっているミカエリスや、ドクターと呼ばれる元医学生で女たらしのアレクサンダー・オスィピン、自分自身をテロリストと呼ぶ歯の抜けた老人カール・ユントなど。ミカエリスは私有財産に基づく現在の経済社会が早晩、プロレタリアートによる革命などで自壊すると信じている。これに対し、ユントが言う。
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 “I have always dreamed of a band of men absolute in their resolve to discard all scruples in the choice of means, strong enough to give themselves frankly the name of destroyers, and free from the taint of that resigned pessimism which rots the world. No pity for anything on earth, including themselves, and death enlisted for good and all in the service of humanity—that’s what I would have liked to see.”(「私は、手段が何であれ良心の呵責など捨てる強い決意を抱き、面前で破壊者と罵倒されようと歯牙にもかけない強さを持ち、世界を腐敗させる悲観主義に毒されることもない、そんな男たちが登場することを夢見てきた。自分たち自身を含め、地球上のあらゆるものに手加減することなく、死ぬことを選択することは善であり、人類に広く貢献すると信じる、そんな一群の男たちが現れるのを見てみたいと考えてきた」)
 このくだりを読んでいて、爆死することで天国が約束されていると信じて自爆テロ行為に走る現代のイスラム教徒の若者のことが頭に浮かんだ。彼らには無垢の人々の命を奪うことへの罪悪感はない。小説ではさらに上記の登場人物たちの独善性が描かれる。(注)
 (写真は上が、グリニッジの玄関「ディスカバリー・グリニッジ・センター」。旧グリニッジ王立天文台は一時閉鎖中で近寄ることができなかった。下は、近くのテムズ川で威容を見せるイギリス海軍の揚陸艦「オーシャン」。オリンピック期間中、警備に当たるヘリや海兵隊の基地となる)

 注)ミカエリスは言う。 “The future is as certain as the past—slavery, feudalism, individualism, collectivism. This is the statement of a law, not an empty prophecy.”(未来も過去と同じことが確実に繰り返されるのだ。奴隷制、封建主義、個人主義、集産主義。私は予言めいたたわごとを言っているのではない。原理原則を述べているのだ)。これに対し、オスィピンが異を唱える。 “Nonsense. There is no law and no certainty. The teaching propaganda be hanged. What the people knows does not matter, were its knowledge ever so accurate. The only thing that matters to us is the emotional state of the masses. Without emotion there is no action.”(ナンセンスだ。原理原則とか確実とかいったものは存在しない。教訓を垂れるようなプロパガンダなんて真っ平だ。人民が知っていることなんて重要ではない。彼らが知っていることで正しいことなんてなかった。我々にとって大事な唯一なことは一般大衆がどう感じているかということだ。彼らを行動に駆り立てるには彼らの感情を揺さぶることが必要なのだ)
 ユントが口をはさむ。“Do you know how I would call the nature of the present economic conditions? I would call it cannibalistic. That’s what it is! They are nourishing their greed on the quivering flesh and the warm blood of the people—nothing else.”(現在の経済的状況を私が何と呼んでいるか知っているかい? 私は共食い経済と呼んでいる。それが実態だ。彼らは人民の震えている肉体や温かい血潮をむさぼって飢えを癒しているのだ。それ以外の何物でもない)

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