- 2012-07-04 (Wed) 06:40
- 総合
ハーディは1840年の生まれ。英国が世界に君臨したビクトリア時代とぴったり重なる作家だ。1878年に発表された代表作の一つ、“The Return of the Native”(邦訳『帰郷』)を取り上げてみたい。
作品の舞台はイングランド南岸のドーセット州。この本を手にした時はドーセット州がどこにあるか明確には知らなかった。1993年からほぼ3年間、新聞社のロンドン支局に勤務していたとはいえ、英国内をゆっくり旅する機会には恵まれなかった。新聞社の海外支局勤務はだいたいそんなものだ。今回の旅で初めてドーセット州に足を踏み入れた。
冒頭の章でドーセット州にあるエグドン・ヒース(Egdon Heath)はえも言われぬ幻想的な地であることがつづられている。ヒースは辞書を引くと、「英国の荒野に自生するツツジ科の灌木(かんぼく)の一群」と出ている。私はスコットランドで目にしたことがあるが、イングランド南部でも風物詩的な植生らしい。何しろこのヒースは “the final overthrow” という最後の変化を待つだけの究極的な地らしいのだ。次のような記述がある。
The great inviolate place had an ancient permanence which the sea cannot claim. Who can say of a particular sea that it is old? Distilled by the sun, kneaded by the moon, it is renewed in a year, in a day, or in an hour. The sea changed, the fields changed, the rivers, the villages, and the people changed, yet Egdon remained.(その偉大なる神聖な土地は海洋が主張することのできない古代から続く永続性を有していた。一体誰がどの海洋であれ、その海の古さを証明できよう。海は太陽によって照らされ、月によって見守られ、一年ごとにいや、一日で、いや一時間で真新しいものにされる。海は変わってきた。畑も変わってきた。川もしかり。村もしかり。そこに住む人々も変わってきた。しかしながら、エグドンはずっと同じまま現在に至るのだ)
東日本大震災を目の当たりにした我々日本人には異を唱えたくなる記述だが、ハーディが心の底からこの地を愛していたことが、この一節からだけでも良く分かる。
この小説も正直読破するのに骨が折れた。主要登場人物は、①エグドン・ヒースに住む上品なヨーブライト夫人②夫人の一人息子でパリ帰りの颯爽とした好青年のクリム③祖父と一緒にエグドン・ヒースに住む気位の高い美少女のユスタシア④クリムのいとこで今はヨーブライト夫人と一緒に暮らす純朴な少女のトマシン⑤トマシンと結婚するもののユスタシアが忘れられない移り気な青年のワイルディープ⑥トマシンに恋心を抱き続け、彼女が危機的局面に直面する度に救いの手を差し伸べる寡黙な青年のヴェンの6人だ。
ヴェンはreddleman として登場する。この言葉に戸惑った。普通の辞書には載っていない。赤褐色の顔料であるreddle「代しゃ」を行商した人のことらしい。羊が交配したことを知るために雄羊の下腹にこの顔料を塗った。交配が行われれば、雌羊の臀部にはこの顔料が付着して、そうでない雌羊と区別できたからだ。農家を回り、行商するうちに自分の着衣を含め、全身頭からつま先まで真っ赤になったので、子供たちには当時、恐怖の対象であったらしい。母親たちは行儀の悪い子供たちに “The reddleman is coming for you!” と言って戒めたと述べられている。イングランド版「なまはげ」か。
(写真は上が、作家の常設展のコーナーがあるドーセット郡博物館の外観。下が、ドーチェスターの街角に立つハーディ像)
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