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サマセット・モーム(Somerset Maugham)①

  • 2012-10-12 (Fri) 03:05
  • 総合

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 今回の旅もようやく最後の作家にたどり着いた。サマセット・モームで「打ち止め」としたい。私は学生時代にこの作家を卒論のテーマにした。なぜ彼を選んだのか。おそらく、高校時代の受験参考書に彼の随筆か何かで掲載されていて、その平易な英語表現にひかれたのではないかと思う。
 卒論ではモームの代表作 “Of Human Bondage” (邦訳『人間の絆』)のことを中心に書いた。30年以上前のことだから記憶はおぼろげだが、作品の中で幾つか印象に残っていることがあるので、その辺りのことを取り上げてみたい。
 “Of Human Bondage” はモームの自伝的小説であると言われる。1915年に発表されている。彼は1874年生まれだから40歳代を迎え、劇作家としての成功を背景に、自信に満ちていたころと推察される。物語はモームの実人生のように、両親を病気で失い孤児となった若き主人公フィリップが牧師の伯父夫婦に引き取られ、現実に失望しながらも自立していく成長の過程が綴られている。
 フィリップは叔父夫婦の希望に反し、牧師の道に進むことを拒否し、好きな絵画を学ぶためにパリに行く。ここでボヘミアン的日々を享受するようになり、人生の意味を模索する。印象に残っているのは、今で言えばメンターのような存在となる芸術家がフィリップに語る言葉だ。曰く、人生は「ペルシャ絨毯のようなものだ」。フィリップは最初意味が分からず、煩悶するが、やがて、彼が意図したところを理解する。「人生に絶対的なものはない。各自が好きなように生きればいいのだ。ペルシャ絨毯を織り成していくように、各自がそれぞれの人生を織っていけばいいだけのことだ」と。
 こうした思いに至ったところで、人生とは何ぞや、生きることとは何ぞやと問うた東洋の王様の逸話が紹介されている(注1)。この命題を課された一人の賢者が500冊の膨大な本にまとめて参上する。王様は公務に多忙でそんな量の本など読む暇はない。もっと簡潔にと命じられた賢者は20年の歳月をかけて50冊程度の本に収める。齢を重ねた王様にはこれも読破することは無理。それでさらに短くしろと賢者に命じる。再び20年が経過し、年老い、白髪となった賢者が今度は1冊の本を手にやって来る。だが、王様は死の床に就いており、1冊と言えども本を読むことなど不可能。賢者は王様に生きることの意味を一行で説明する。「人は生まれ、苦しみ、そして死んでいくのです」
 フィリップは孤児であるだけでなく、片足が不自由というハンデを背負ってこの物語に登場する。「吃音症」(stammer)の悩みを終生抱えて生きたモームのハンデは肉体的障害で表現されている。フィリップは毎夜、神様に一心に祈る。明日の朝、目覚めたら不自由な足が治っていますようにと。祈りは聞き入られず、彼は信仰、宗教と「決別」する。宗教的な束縛からの「解放」に続き、パリでの生活で人生の「無意味さ」を悟ったフィリップは至福感を味わう。偉くなろうが、人生に失敗しようが、宇宙の壮大な時の流れの中では取るに足らない。あくせくすることはない。代表作を執筆した当時のモームの人生哲学でもあったのだろう。
 (写真は、ロンドン・ウエストエンド。劇作家として大成功を収めたモームの作品はかつてここの劇場街で何作も同時に公演されるほどの人気だった)

 注1)次のように表現されている。
… Philip remembered the story of the Eastern King who, desiring to know the history of man, was brought by a sage five hundred volumes; busy with affairs of state, he bade him go and condense it; in twenty years the sage returned and his history now was in no more than fifty volumes, but the King, too old then to read so many ponderous tomes, bade him go and shorten it once more; twenty years passed again and the sage, old and gray, brought a single book in which was the knowledge the King had sought; but the King lay on his death-bed, and he had no time to read even that; and then the sage gave him the history of man in a single line; it was this: he was born, he suffered, and he died. …

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