- 2012-09-05 (Wed) 17:28
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ドリアンは画家のバジルの渾身の力作である自分の肖像画を見て、初めて、自分の美しさに気づく。そして、その美しさが未来永劫に続くことを願う。願う余りに、自分の肖像画に嫉妬心さえ抱いてしまう。この辺りはいくら何でもちょっと信じがたいのだが。
彼は次のようにつぶやく。“How sad it is! I shall grow old, and horrible, and dreadful. But this picture will remain always young. It will never be older than this particular day of June … If it were only the other way! If it were I who was to be always young, and the picture that was to grow old! For that—for that—I would give everything! Yes, there is nothing in the whole world I would not give! I would give my soul for that!”(何と悲しいことだろうか。僕は年を取り、醜く、おぞましくなる一方だというのに、この絵はいつまでも若々しく、今日の6月のこの日以降、年を重ねることは一日たりとないのだ。ああ、もし逆だったら! 常に若々しくいられるのが僕であり、年を取っていくのが肖像画だったら! そのため、そのためだったら、僕はすべてを捧げてもいい! そう、この世に僕が惜しむものなど何もない! そのためだったら、僕の魂を投げ出したって構わない)
こうしてドリアンは自らの魂を悪魔に売り渡し、永遠の若さを手にする。老い込んでいくのは肖像画であり、彼自身はずっと、二十歳前の少年の若さを保つ。ヘンリー卿の手ほどきで身に付けていく快楽的、自堕落な生活の醜さが肖像画には確実に「反映」されていく。それを恥じ入るドリアンは肖像画を人目に付かない部屋に隠す。
ただ、一つありうるかなと思ったことがある。場末の劇場でかかるシェイクスピア劇でヒロインを演じる乙女のシビルの変化だ。貧しい家に育った彼女だが、その美しさ、瑞々しさで彼女がジュリエットやロザリンドを演じると、それまで騒ぎ立てていた観客が水を打ったように静まり返る。しかし、ドリアンに言い寄られ、恋するようになったシビルは普通の少女になってしまう。演技は並み以下となり、観客からはブーイングの嵐。失望を隠せないドリアンに捨てられ、彼女はこの世をはかなみ、自ら命を絶つ。恋するようになったがために、少女がそれまでの神秘的な魅力を失うのはあり得ない話ではないだろう。
20年の歳月が流れる。放縦な生活にもかかわらず、ドリアンは若さを保ったまま。さすがのヘンリー卿も若さを保つ秘訣を教えてくれとドリアンにささやく。「私と君とはたかだか10歳の年の開きしかないではないか」と(注)。ある日、疎遠になっていたバジルがドリアンの元を訪れ、噂で耳にした生活態度を諌める。激怒したドリアンいはバジルを殺害。肖像画はいよいよ醜く、血さえしたたるように変貌する。ドリアンは考え方を改め、更生して生きることを決意する。考え方を改めたのだから、あの肖像画も醜悪な表情が消えているのではないか。肖像画をのぞいて見ると、醜悪さにはさらに拍車が・・・。
絶望の淵に立たされたドリアンは肖像画を「無き者」にしようと刃を突き立てる。悲鳴とともに息絶えるのは肖像画ではなく、ドリアンだった。彼は召し使いたちが指輪で確認をせざるを得ないほど、その容貌は醜く変わり果てていた。肖像画は20年前の美少年そのままに戻っていた。
(写真は上から、ダブリンにあるアイルランド出身の作家の記念館。玄関階段に座っているのは見学に訪れたドイツの若者グループ。下が、記念館に展示されていたワイルドのコーナー。ワイルドを描いた珍しいスケッチも)
注)以下のようなくだりだ。“…tell me, in a low voice, how you have keep your youth. You must have some secret. I am only ten years older than you are, and I am wrinkled, and worn, and yellow. You are really wonderful, Dorian. …” 。ヘンリー卿というかワイルドはこういう「深刻」な心境の吐露の部分でもウイットを忘れない。さらに次のような台詞が続く。“… To get back my youth I would do anything in the world, except take exercise, get up early, or be respectable, Youth! There is nothing like it….”
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