- 2012-09-04 (Tue) 18:25
- 総合
ダブリンを訪れ、中心部を散策していたら、ゲイトシアター(Gate Theatre)で運よくオスカー・ワイルドの戯曲がかかっていた。“A Woman of No Importance” という劇だ。月曜夕刻に窓口で切符を求めようとしたら、満席だという。開演直前なら、キャンセル待ちがでるかもという人気だった。キャンセル待ちが実り、潜り込むことができた。爆笑の連続の喜劇だった。
ロンドンで勤務していた1990年代、ウエストエンドでも彼の劇をいくつか観た。いずれの劇も大盛況で、ビクトリア時代の優美な女性の服装、登場人物のウィットに富んだ台詞のやり取りに魅了された。例えば、“The Importance of Being Earnest” (邦訳『真面目が肝心』)では、中年のマダムが孤児として育った青年に向かって、“To lose one parent, Mr Worthing, may be regarded as a misfortune; to lose both looks like carelessness.” (片親を失うことは運が悪いと言えるかもしれませんわ。でも、両親ともに失うというのは不注意としか思えませんことよ)と「諌める」シーンでは劇場がどっと笑いに包まれた。こういう台詞のやり取りを「軽妙洒脱」とでも呼ぶのだろう。
ワイルドはイングランドを舞台に活躍するので英国の作家として扱うべきかもしれないが、ダブリン生まれであり、やはり、ダブリンで彼の作品に触れたいと考えていた。
取り上げるのはずっと以前に読んだ小説 “The Picture of Dorian Gray”(邦訳『ドリアン・グレイの肖像』)。ダブリンに到着してすぐに、“Dorian Gray” を古書店で買い求めた。幸い、これまでこのブログで紹介した他の作家の作品に比べれば、これは実に平易な英語で分かりやすい。日本人にも読みやすい長さに収まっているのもいい。
作品の主要登場人物は「絶世の美少年」と呼びたくなるほどに描かれている若者、ドリアン・グレイ。その彼を「豊饒」「放縦」の生活に誘惑するヘンリー卿。これまでヘンリー卿はドリアンよりずっと年上かと思っていたが、再読してみて、わずか10歳の年の開きしかないことが分かり、少し意外だった。
世間知らずのドリアンはヘンリー卿のアイロニーに富んだ語りに翻弄され、結果的に人の道を逸れ、奈落の底に沈んでいく。作家自身が歩んだ同性愛での逮捕、投獄という経歴を知っている我々読者としてはドリアンの転落に作家の末路を重ねることになるのだが、ワイルドの人生哲学、人生観はヘンリー卿によって「代弁」されている。
この作品が発表されたのは1891年。1854年生まれのワイルドは30代後半、作家として英気に満ちていたころだろう。この時ワイルドは美貌のコンスタンス夫人と結婚していたが、このころには自身の中にある同性愛志向を抑えきれず、ドリアンのような美少年との密会にいそしんでいたことも分かっている。それは作品の冒頭から察することができる。ヘンリー卿はドリアンの肖像画を描いている画家のバジル邸で、ドリアンと出会うのだが、彼はその二人に向かい、「現代人は勇気がない。もっと自己の特質を自由に追い求める人生を歩むべきだ」という主旨のことを言い放つ(注)。
(写真は、ダブリンの宿の近くのパブ。毎夜、アイリッシュミュージックで遅くまでにぎわう)
注)ヘンリー卿の次のようなセリフだ。“…….The aim of life is self-development. To realize one’s nature perfectly—that is what each of us is here for. People are afraid of themselves, nowadays. They have forgotten the highest of all duties, the duty that one owes to one’s self. Of course they are charitable. They feed the hungry, and clothe the beggar. But their own souls starve, and are naked. Courage has gone out of our race. Perhaps we never really had it. The terror of society, which is the basis of morals, the terror of God, which is the secret of religion—these are the two things that govern us. And yet——”
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