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H. G. ウェルズ(H. G. Wells) ④

  • 2012-08-31 (Fri) 04:31
  • 総合

 さて、タイムトラベラーが「私」たちに西暦802,701 年の世界への旅を語った翌日朝、「私」はタイムトラベラーの自宅を再訪する。彼は再び、タイムマシンに乗り込もうとしていた。お昼には戻るから、その時、また話をしようと彼は言って、タイムマシンが置いてある部屋にそそくさと向かう。
 お昼過ぎにアポがあることを思い出した「私」がお昼を一緒にできないと言おうと、彼の後を追い、その部屋のドアを開けようとした時、悲鳴とともに、突風が吹き抜けた。タイムトラベラーもタイムマシンも忽然と消えていた。
 あれから3年の歳月が流れている。タイムトラベラーからは何の消息もない・・・。
 ウェルズ文学について近著を刊行したばかりのダラム大学講師のサイモン・ジェイムズ氏に話を聞いた。近著は「小説は絵画のように美しくあるべき」と定義したヘンリー・ジェイムズに対し、「小説は世の中をより良くするためのもの、人々を教育する手段でもある」と見なしたウェルズの独特の文学観に焦点を当てている。
 「ウェルズは英文学の中でも極めてユニークな作家ですね?」
 「全くその通りです。彼のような作家は他にいません。ユートピアものから政治的なもの。それに1920年代には世界の歴史を紹介した本も書き、世界中でベストセラーになっています。彼の政治信条は人類が国家という概念に固執することへの反対でした。彼は人類は国家の枠組みを超え、a world stateを構築すべきと提唱しています」
 「彼がサイエンスフィクションで描いたものの多くが実現していますね」
 「そうですね。原爆も作品の中で予言しています。インターネットのことも1930年代に書いています。作品中ではworld-brainとなっていますが。人権保護についても熱心に運動していました。彼は時代のずっと先を歩んでいたのだと思います。彼は人類の歴史は破局とそれを回避するための教育との時間の競争と見なしていました。敗れれば、最悪の事態になると恐れてもいました。死去する何年か前に、彼は墓碑銘は何がいいと尋ねられたことがあります。彼は “Goddam you fools, I told you so!”(くそっ、なんて馬鹿なんだ。私はそうなると何度も言ってただろ!)と答えたということです」
 「彼は何人もの女性と深い仲になっていますね。奥さん公認の浮気もあったとか?」
 「彼は自分の性的な欲求が満たされていないといい作品が書けないと常々語っていたそうです。欲求不満がたまっていると、仕事に集中できないと。女性との付き合いは彼にとって人生をより楽しく生きるための気晴らしだったようです」
 「彼はヘンリー・ジェイムズと仲違いした後は、自分はアーチストではなく、ジャーナリストだと自称していました。とはいえ、彼の作品の文章の質の高さは疑うまでもありません。“The Time Machine” の最後の方で皆既日食のシーンが描かれる部分の文章の美しさはとても印象的です(注1)。是非、読み返してみてください」
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 (写真はアメリカのニュージャージー州グローバーズミルにあるウェルズゆかりのものと言えなくもないモニュメント。側に立っているのはお地蔵さんではない。私も一瞬そう思ったが。アメリカ旅行中の昨年秋、訪ねた大学時代の米国人恩師が近くに在住で案内してもらった。モニュメントの由来は注2で)

 注1)次の一節だ。タイムトラベラーがモーロックスの襲撃を振り切り、タイムマシンの奪還に成功して、自分が住む世界へ帰還する直前に皆既日食に遭遇したシーンが描かれている。音が絶え、光が消え、辺りを漆黒の闇が覆う。
 'The darkness grew apace; a cold wind began to blow in freshening gusts from the east, and the showering white flakes in the air increased in number. From the edge of the sea came a ripple and whisper. Beyond these lifeless sounds the world was silent. Silent? It would be hard to convey the stillness of it. All the sounds of man, the bleating of sheep, the cries of birds, the hum of insects, the stir that makes the background of our lives—all that was over. As the darkness thickened, the eddying flakes grew more abundant, dancing before my eyes; and the cold of the air more intense. At last, one by one, swiftly, one after the other, the white peaks of the distant hills vanished into blackness. The breeze rose to a moaning wind. I saw the black central shadow of the eclipse sweeping towards me. In another moment the pale stars alone were visible. All else was rayless obscurity. The sky was absolutely black.

 注2)1938年10月30日夜、アメリカのラジオで放送されていたオーソン・ウェルズ(後に映画監督として名を馳せる。こちらのウェルズはWelles)のラジオ番組で、火星人(Martian)が地球に侵略してきたとの「臨時ニュース」が流れた。もちろん、これはH.G.ウェルズの『宇宙戦争』を脚色したドラマであり、その旨の「お断り」が番組の冒頭、途中に何回か告知されていたが、番組を本当のことと受け取った人々が大混乱したと言われている。火星人が飛来したと番組で報じられたニュージャージー州のグロバーズミルには写真のモニュメントが建立された。近くに住む恩師はそうした経緯を知る人は地元でもほとんどいなくなったと語っていた。

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