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ジョセフ・コンラッド(Joseph Conrad)④

  • 2012-07-21 (Sat) 07:27
  • 総合

 “The Secret Agent” は作家が1920年に書いた「序文」で明らかにしているように、1894年2月に起きたグリニッジ天文台の爆破テロ未遂事件を下敷きにしている。この事件はフランス人のアナキストによる犯行だった。コンラッドは書いている。アナキストが大衆の悲惨な生活や人々の善良さに付け入り、愚かな破壊行為に出る欺瞞が我慢できなかったと。That was what made for me its philosophical pretences so unpardonable.(私はそういう哲学的な見せかけを許し難く思ったのだ)
 コンラッドは十代後半の1875年から20年近くの歳月を船乗りとして海の上で過ごした。見習いから船長の地位にまで上り詰めた。“Heart of Darkness” (邦訳『闇の奥』)など多くの名作が船乗りとしての経験から生み出されている。カンタベリー博物館の展示では、コンラッドは背丈は低いが頑健な体で船乗りの雰囲気が漂っており、港の近くで彼に会えば誰もが彼が船長であることを疑わなかったであろうと紹介している。しかし、同時にまた彼の目をよく見れば、彼が芸術家の目をしていることに気づいたであろうとも。
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 コンラッドを含めた19世紀末から20世紀初頭の英文学に詳しいマックス・サウンダース教授をロンドンのキングズカレッジに訪ねて、話を聞かせてもらった。
 「コンラッドを英文学のドストエフスキーと見る向きもあるのですか?」
 「彼は自分の出自からスラブ系の作家とかロシア文学的作品を英語で書いているというような安易な区分けをされるのを嫌いました。ドストエフスキーに擬せられるのも快くは思わなかったと思います。彼はむしろ、フローベールやモーパッサンのような簡潔で引き締まった文体の文学を目指していました」
 「今の学生たちにはコンラッドの作品はどう映っているのでしょうか?」
「私の学生時代と異なり、あまり、読んでいるとは言えません。学生たちに教える立場から言えば、問題は今の学生たちには彼の文学がとても古い価値観や社会を描いているように見えていることです。アメリカの9.11テロで“The Secret Agent” は少し人気が回復した感じはありますが。それより以前に起きたユナボマー事件では、逮捕された容疑者が“The Secret Agent” を愛読書にしていたという話も有名ですしね(注)」
 「コンラッドが生きた時代はどういう時代だったのでしょうか」
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 「彼はフォード・マダックス・フォードという作家と親しく付き合い、一緒に新しい文体の作品を構築しようとします。彼の友人、ヘンリー・ジェイムズもそうです。ヴァージニア・ウルフもそうです。思えば、彼らが住んだイングランド南部は今は古めいて見える地方ですが、20世紀の初頭、進取の気概に富んでいたのです。彼らは物語を読者に語る新しい方法を手探りで見つけ出そうとしていました。モダニズムと呼ばれるものです。この時代の作品は今も輝きを失っていません。私はこのモダニズム時代の文学を研究するのが好きで研究テーマにしています」
 (写真上は、インタビューに応じるサウンダース教授。下は、ケンブリッジは欧州からの英語学習の高校生で大賑わい。バス停で出くわしたフランスの少女たちと仲良くなろうとスペインの少年が英語で懸命に話しかけていた)

 注)ユナボマー(Unabomber) アメリカで1978年5月から1995年4月までの間に16件の郵便小包爆弾事件を起こし、3人を死亡させ、22人にけがを負わせた連続爆破事件の犯人の通称。犯人が狙ったのが科学者が勤務する大学(university)や航空会社(airlines)であったことから、それに爆弾犯(bomber)の頭文字を付けて、爆破犯を意味する言葉としてFBI(米連邦捜査局)が命名。犯人は1942年生まれのカリフォルニア大学バークリー校の元数学助教授、セオドア・カジンスキー。カジンスキーは1996年4月、モンタナ州の山中で逮捕された。彼は天才と言われながら、人間関係を築くことができず、長く隠遁生活を続けていた。逮捕前年の95年6月にニューヨークタイムズ紙とワシントンポスト紙に、科学技術偏重の現代文明を非難する長大な論文を掲載させたことが逮捕につながった。カジンスキーの弟がこの論文の文言が兄がかつて手紙などに書いていた文言に酷似していると気づいたことが事件解決の決め手となった。

Comments:2

はらの 2012-07-23 (Mon) 17:16

久しぶりにブログを読みました。那須さんらしからぬ(失礼)、真面目な文学論がつづられていて、感心しました。その中で、写真にいつもの那須さんを彷彿とさせるものがあります。オリンピックも間近。旅を楽しんでください。

那須 2012-07-23 (Mon) 22:38

はらのさん 「温かい」お言葉ありがとうございます。国際部時代を少し思い出しました。「もっと写真工夫したら」と言われたような気も。ロンドンを離れていますが、オリンピックがいよいよすぐそこに近づき、BBCや新聞各紙を見る限り、段々、イングランドの人も「興奮」してきているようです。

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