- 2012-07-20 (Fri) 06:52
- 総合
ヴァーロックは妻のウィニーと妻の弟スティービーとの三人暮らし。この弟はいわゆる知的障害者で、行く末を案じる姉は弟をこよなく愛している。ヴァーロックもスティービーとの同居を厭わず、その点で夫人は夫に深く感謝している。そうした平穏な暮らしが7年ほど続いた後、「異変」が起きた。ある日のこと、帰宅したヴァーロックは明らかに憔悴しきっていた。妻も夫の異変に気付く。そこに一人の男が訪ねてくる。ポルノショップのいつもの顧客でもなく、ヴァーロックの裏の顔とも関連のない、夫人がこれまで見たこともない男だ。グリニッジ天文台でその日朝発生したばかりの爆弾テロ未遂事件にヴァーロックが関係していることを覚知した警察幹部の来訪だった。
この時点で読者は何が起きたか分かっている。ウラジミール一等書記官から求められたグリニッジ天文台の爆破をヴァーロックは試みたのだ。爆弾はプロフェッサーと呼ばれる爆弾製造を専門とする男から入手する。ヴァーロックは爆弾を天文台に置く役目を義弟のスティービーに担わせる。スティービーは義兄を敬愛しているので、義兄から言われたこと何でも喜んで引き受ける従順な少年だった。ところが、スティービーは最寄りの駅から天文台に向かう途中、不運にも転倒したため、爆弾が爆発。彼は木端微塵に爆死する。彼が着ていた上着のかけらが現場から見つかり、そこにはヴァーロックの店の住所が記されていたことから、ヴァーロックの事件への関与が判明する。知的障害者の弟がどこで行方不明になっても、店の住所が分かれば、弟は必ず、自分の元に戻ってくるという姉の願いから、スティービーの上着には住所が記されていた。
ウィニーはやがてこの爆弾テロ未遂事件により、スティービーが爆死したことを知る。ヴァーロックの目的や政治的背景など彼女には何の意味ももたない。彼女にとって大事な事実は、不憫な弟がもはやこの世にいないこと、その弟を結果的に「殺害」したのは夫であるということだ。茫然自失の果てに、ウィニーは抑えようのない憎しみを夫に対して抱く。妻の激怒に全然気づかないヴァーロックは自分がこれから2年間は投獄されるであろうこと、その間は店の切り盛りをしっかりやって欲しいことなどを妻に語りかける。スティービーには悪いことをしたが、ほかに誰もあれをやってくれる者を見つけることができなかったのだ、あれは本当に事故だった、スティービーは交通事故に遭ったようなものだとも。ウィニーには何の慰めともならない空しい言い訳だ。ソファーに横たわるヴァーロックは妻に声をかける。「ここにおいでよ」。ウィニーは誘われるように近づく。その手にはさきほどまで夫が食事に使っていたナイフが握られて・・・。
小説は、女たらしのオスィピンを頼りに逃亡を図ったウィニーの末路を含め、あっけない幕切れとなる。最終幕でプロフェッサーとオスィピンとのやり取りが興味深い(注)。
(写真は上が、グリニッジに遊覧船で向かうため、テムズ川沿いのエンバンクメント駅に行くと、近くの公園でアメリカ・ヴァージニア州から来た高校生たちが管楽器の演奏を披露していた。下は、演奏を聴きながら食べたブランチの「寿司弁当」。「レインボースシ」という名前が付いており、味噌汁を付けて約1100円。味はまあまあだった)
注)あんたは madnessとdespair (狂気と絶望) について何が分かるんだい」と尋ねるオスィピンに向かい、プロフェッサーは冷たく言い放つ。“There are no such things. All passion is lost now. The world is mediocre, limp, without force. And madness and despair are a force. And force is a crime in the eyes of the fools, the weak and the silly who rule the roost. You are mediocre….Everybody is mediocre. Madness and despair! Give me that for a lever, and I’ll move the world. Ossipon, you have my cordial scorn. You are incapable of conceiving even what the fat-fed citizen would call a crime. You have no force.”(「狂気とか絶望というものは存在しない。情熱といったものも今や失われてしまったのだ。世の中は陳腐で疲弊しきっており、力がない。狂気や絶望も世の中を動かす力となりうるのだ。だが、そうした力は今世の中の実権を握っている愚か者やひ弱い者、愚鈍な者の目には犯罪と映っているのだ。君も陳腐な存在だ。・・・皆が陳腐だ。狂気と絶望だって! 俺にそれをくれたまえ。それをてこにして見せてやろう。世の中を動かしてやろうじゃないか。オスィピン君。私は君のことを心から軽蔑するよ。君は、飽食で太った人々が犯罪と呼ぶ行為さえ思いつくことができない。君には力がないのだ」)
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