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H. G. ウェルズ(H. G. Wells) ②

  • 2012-08-29 (Wed) 08:46
  • 総合

 さて本題。着替えて再登場したタイムトラベラーは「私」たちに自分が今終えたばかりのタイムトラベルについて語り始める。彼が行き着いた先は驚くことなかれ、Eight Hundred and Two Thousand Seven Hundred and One A.D. だという。西暦802,701 年だ。西暦2012年の現在から考えても気の遠くなるような、想像を絶する未来。
 彼が到着した世界を簡単に説明すると、人類の子孫はエロイ(Eloi)と呼ばれ、小柄、きゃしゃな体つきをしていて、タイムトラベラーには子供のように見えた。彼らは実際、来る日も来る日も満ち足りた日々で、食べ物は手を伸ばせばどこにもある果物が主食。学習や仕事をする必要もなく、怠惰で疲れやすく、のんびりと生活。(何だか退職後の自分のことを記しているようだ!)
 男は強く、女は優しく、そういったことははるか太古の理想。普段の生活から危険や悩み、病気は根絶されており、夫婦や家族といった概念も消えうせている。子供を家庭で大切に守り育てる必要がないからだ。快適に生きられる世の中を目指し、「人類が団結して自然を克服する戦いを挑み、次々に勝利を収めていった」(One triumph of a united humanity over Nature had followed another.)結果、そうなったのだという。人口の減増もなく、障害を抱えた人もなく、老齢化の問題も存在しない・・・。
 当初、タイムトラベラーには彼らが住む世界は怖い(fear)ものなどもはや何も存在しないパラダイスに見えた。だが、そうではなかった。彼らにとって闇、漆黒の夜の世界は恐怖そのものの存在だったのだ。具体的には、これは人類のもう一つの子孫、モーロックス(Morlocks)と呼ばれる人々が暮らす世界で、彼らは猿のような体つきで光を忌み嫌い、肉食、それもエロイの人々を襲って食っていた。
 こうしたことが分かってくると、タイムトラベラーは彼が生きる19世紀末の英国、ロンドンとこの超絶的未来とを比較して考察を深めていく。当時の英国は産業革命を経て世界に冠たる大英帝国を築いていくが、それは一方で都市部に住む人々の貧富の差が拡大していく時代でもあった。タイムトラベラーは、今自分が目にしている世界は資本家(Capitalist) と労働者(Labourer)の差が拡大していった結果の帰結ではないかと考え始める。彼が生きていた19世紀後半の「現在」でも、ロンドンのイーストエンドと呼ばれる地区の労働者階級は富裕層に比べれば、劣悪極まりない生活を余儀なくされており、Haves(持てる者、有産階級)とHave-nots(持たざる者、無産階級)の差は歴然としていた。両者の隔絶が拡大していけば自然とこういう帰結になるのではないか・・・。
 タイムトラベラーはやがて、有産階級と無産階級との立場が逆転したのが西暦802,701 年の社会であると推論するに至る。ウェルズが生きた当時の社会情勢からはこういう将来の「見立て」が十分可能だったのだろう。作家は13歳の時に陶器やクリケット用具を扱っている家業が破産したため、反物を商う仕事に精を出すことになる。そうした生い立ちがあってか、労働党に近いフェビアン協会と親交を持ち、左翼派の言論人として知られるようにもなる。この作品はウェルズの政治、社会に対する基本的視点がよくうかがえる。

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