Home > 読み違えエラリー・クイーン > パロディ小説(パラフィクション)「『災厄の町』の最悪な結末」④(最終回)

パロディ小説(パラフィクション)「『災厄の町』の最悪な結末」④(最終回)

(エラリイ・クイーン『災厄の町』の真相部分に触れておりますので、かならず作品を、できることならハヤカワ文庫の越前敏弥先生の新訳でお読みになってから、お読みください。文中に記載されているページ数は、そのハヤカワ文庫版のものです。)
 
                  (4)

貴方にしてみれば、誰が犯人になってもよく、事件が迷宮入りになっても何の差し支えもなかった。ジムが逃走に使った車に事故を引き起こす仕掛けをしたのも貴方ではないのかね。しかし、パットから「木箱」の話を聞いた貴方は、瞬間的に「ローズマリーの正体」と「ノーラ犯人説」を思いついてしまったのだ。それでパットとカートに名探偵よろしく「新たなる真相」を語ることに決めたんだろう。自分はパットを好きだったが彼女をカートに譲るかのような偽善を装い、ふたりの恋仲を復活させるには自分の説く真相を受けいれるしかないような状況を作りつつ、貴方は名推理を展開した。その名演技たるや拍手喝采ものであったが、よく考えてみたまえ、自分の中にあるエラリイ・クイーン性を否定せんがため犯行におよんだ貴方が、エラリイ・クイーンばりの推理を披露してしまったとは、何とも皮肉な話ではないか。貴方は、さらに「最悪な結末」を迎えてしまったのだ。」

しばらくスミス氏は沈黙を守っていたが、おもむろに口を開いた。
「ところで、貴方こそ一体誰なのですか。」
「申し訳ない、自己紹介が遅れた。私の名は、サイモン・アーク。」
またスミス氏は、しばらく沈黙する。
「ところで、アークさん。私が本物のエラリイ・クイーンじゃなかったとして、おかしいとは思いませんか。これだけの事件が起こって、エラリイ・クイーンの偽物が出現したというのに、本人が何も言わずに黙っていたとは、どういうことなんでしょうか。」
「それこそ世迷い言というものだよ、君。エラリイ・クイーンなんていう人物は、この世には存在しない。ふたりの作者が作ったペン・ネームに過ぎないのだ。その作中に登場する探偵エラリイ・クイーンも、当然作られた人物に決まっているではないか。」
「でも、エラリイ・クイーンが架空の存在だとするなら、スミス氏だって実在しないのではないですか・・・」
エラリイ・スミスは、そう反論したが、すでにサイモン・アークは目の前から消えていた。(註;サイモン・アーク・・・エドワード・D・ホックの作品に登場する宗教研究家。悪魔を探し求めている。二千歳を超えているとされている。)

サイモン・アークは二千歳を超えても、まだまだ生きていた。2007年になって彼に初めて日本という国を訪れる機会がやってきた。この国にあるプロ野球の「阪神タイガース」という球団に、悪魔が取り憑いているという情報を得たからである。この球団を応援する人々は、球団がいくら負け続けても熱情的な応援をやめない。優勝でもしようものなら、突如破壊行為を始め暴徒と化すのである。日本に着いたサイモンは、かつて友人から教えてもらった「イセのアヅサユミ」という話を直に読みたくなった。ブック・ストアーやライブラリよりもハイ・スクールというところの方が、この物語を簡単に入手できると聞いていたサイモンは、現地で知り合った英語教師の協力もあって待望の物語を読むことができた。サイモンは思った。「実に面白い国だ。日本という国は。こんな話をハイ・スクールの生徒に読ませるなんて・・・。」

ホテルに宿泊したサイモン・アークは夜の無聊を慰めるため部屋のTVのスイッチをいれた。ややロック調の音楽が鳴り、そこには大きく『ガリレオ』という字が映し出されていた。日本語の覚束なかったサイモンだったが、画面を見ているだけでストーリーを理解することはできた。そのストーリー展開をたいへん馴染みあるものに感じつつ、こう彼はつぶやいていた。「おお、ここにも『超常現象の家(幽霊屋敷)=死体か宝の隠し場所』パターンが援用されている。やはり、実に面白い国だ。日本という国は。」もっともサイモンには、そのガリレオと名付けられた男が同じようにドラマの中で「実に面白い」と語っていることを知るよしもなかったが・・・。

さかのぼること30年。ひとりの悩める日本の脚本家がいた。彼が共に仕事をする映画監督は『災厄の町』を映画化できる権利を獲得していた。それはよかったのだが、どうしても彼には物語の中で毒物が混入される場面の絵が浮かばなかった。パーテイの会場で、毒物の入った飲み物を自分が狙った特定の相手にだけ飲ませる方法は、あるのだろうか。S藤という名のその悩める脚本家は考え続けた。やがて、彼が脚本を担当した映画は『配達されない三通の手紙』と題して上映されることになる。

それから約20年後。またしても日本には悩める脚本家がいた。彼の悩みも同じであった。パーテイの会場で、毒物の入った飲み物を自分が狙った相手にだけ飲ませる方法は、あるのだろうか。M谷という名のその有名な脚本家は、よく発想に行き詰まるとコンビニエンス・ストアに出かけた。そのコンビニはハイ・スクールの近くにあるせいか、コンビニとしては珍しく子供の玩具も陳列されていた。トランプ、花札、けん玉、ボードゲームと並んだ横に、小さな手品グッズも置かれていた。「手品・・・、マジック・・・。」そのとき天啓とでも呼ぶべきものが彼のところに降りてきた。「そうだ! マジシャンズ・セレクトがあった!」しかし、これはまた別のお話。

再び2007年。場所は日本の阪神甲子園球場。ナイターが終わり、総ての客が帰り去った球場は、あの喧噪が嘘であったかのように静まりかえっていた。どうやら、ここにも悪魔はいなかったようだ。この辺にも海があるという情報を得ていたサイモン・アークは、潮風が吹いてくる方角に向かって歩き始めていた。

「実に面白い国だ。この国は。これからも世界は様々な災厄に見舞われるであろう。しかし、この国だけは、この面白さによって、最悪の結末を迎えることを回避できるのかもしれない・・・。」

Home > 読み違えエラリー・クイーン > パロディ小説(パラフィクション)「『災厄の町』の最悪な結末」④(最終回)

Search
Feeds

Page Top