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パロディ小説(パラフィクション)「『スペイン岬の秘密』の不都合な真実」①

(エラリー・クイーン『スペイン岬の秘密』の真相部分に触れておりますので、かならず作品を、できることなら越前敏弥先生と国弘喜美さんの新訳でお読みになってから、お読みください。)

      従者テイラーからエラリー・クイーン様へ宛てた手紙(1)

「エラリー様。御新著『スペイン岬の秘密』面白く拝読いたしました。

何よりもまず私がごときを執事に相応しい者として丁寧に描いていただき誠に感激しております。すでにお書きになった小説にしばしば登場したジューナ様のような、おおよそ執事には似つかわしからぬタイプこそ、貴方様の好みのはず。そのような貴方様が一介の従者に過ぎない私を、伝統的な執事タイプの人間として評価してくださったことに、より一層の感銘を覚えた次第でございます。また、貴方様は私の祖先に東洋の血筋があるに違いないと推察されていましたが、ご炯眼、感服の至りです。たしかに私は欧亜型の人間でございます。

実を申しますと、この度は御新著『スペイン岬の秘密』によって私にもたらされました感激について一筆したため失礼させていただこうと考えておりました。また、私は決して貴方様が必要のないこと、明かすべきでないことを書くような方ではないことも心得ております。しかし、この御著書を読了いたしました折、おそらくは私にしか理解されえないであろう、そして、もしかしますと多くの読者が厳しい批判を向けるであろうと思われる点が目についてしまいました。それ故に、私はどうしても黙っておくことができなくなりました。さしでがましい私の申し上げようを何卒お許しください。私一人が貴方様の真意を理解しているとお考えいただければ幸いでございます。

私が、そして、おそらく幾人かの読者の方々も違和感を覚えるのは、最後に付け足しのように書かれた「あとがき」の、その最後の部分です。自分を容疑者の中に入れなかったのはミスではなかったのかと批判したマクリン判事に対して、貴方様は、日曜日の朝ステビンズに会ったときに「判事は泳げない」と指摘しておいた旨を説明されました。ところが、おふたりが日曜日にステビンズに会われたとき、たしかに判事が泳げないことは話題にされていましたが、そのことは決してエラリー様の方から指摘されたのではなく、判事自らが「われわれは泳げない」と告白されていました。これは単なる記憶違いの問題なのかもしれません。しかし、よく考えてみますれば、そもそも判事は七十六歳、今回のような制限された時間の中で機敏な行動を要する犯罪を実行できるのかどうか。それを考えますと「泳げた」「泳げなかった」という点は、さしたる問題ではないようにも思われます。

にもかかわらず、なぜエラリー様が、この「あとがき」を追加されているのか。あれほどのご慧眼をお持ちの方が、このような小さなミスをおかされるとは、どうしても私には思えないのです。では、貴方様の意図はどこにあったのか。あえてマクリン判事に目を向けさせることによって、できうるかぎり読者の目を「何か」からそらせたかったのではないでしょうか。それは些細な試みであったのかもしれません。しかし、そのような小さな作為を積みあげてでも、目を向けてはほしくなかった「何か」があったに違いないと私は考えました。そこには『スペイン岬の秘密』という作品の全体の中で、ついに貴方様が隠し通したかった「秘密」があったと想像されるのです。

そう考えていきますとエラリー様が見事に解明された真相にも、幾分か疑問を差し挟むことができそうに思われてきます。もちろん、この度の貴方様が披露された論理的な推理力は、他の何人も持ちえない卓越した能力であることは間違いありません。しかし、貴方様ほどの人であれば、多くの読者を納得させるに足る偽りの真相を捏造するぐらいのことは容易なことだったとも考えられるのです。この作品に書かれている真相に偽りがあるとすれば、どこかに矛盾はあるはずです。そして貴方様が嘘を述べねばならなかった理由もあったはずです。

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