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スティーヴ・ハミルトン『解錠師』で色々と妄想させていただきました。

(スティーヴ・ハミルトン『解錠師』の真相部分に触れていますので、ご注意ください。)
スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(越前敏弥さん訳)は、2012年度「このミステリーがすごい!」のベスト1に選ばれていますが、実際のところミステリーのような純文学ような不思議な作品です。おそらく作者は、自分で自分を閉ざしてしまうような主人公マイクルが、鍵を開ける専門家になっているというシニカル(皮肉)な姿を描きたかったでしょうが、作品は彼の独白に終始しているので、マイクルの家族の現状など謎めいたところも多く残ります。描かれていないことが多いせいか、この作品を読んで私はついつい妄想に走ってしまいました。(越前先生ごめんなさい!)

『解錠師』の主人公マイクルは、「奇跡の少年」事件と呼ばれる衝撃的な出来事によりトラウマを背負い、口がきけなくなったという設定になっています。これに対して、本当は喋れるのではないかという一つの推論が成り立つわけです。事実、物語の初期段階でアメリアは、そう推測していました。さて、実際にマイクルが喋れないふりをしていたとして、彼が徹底して演技をする理由は、どこにあるのでしょうか。実は彼は喋れないがゆえに許されている節があります。しばしば失敗して逮捕されたとしても、彼のハンデキャップが、ある程度その罪を軽減させているようです。少なくとも、誰もが彼を犯罪の主犯者/首謀者だとは思いません。たとえ逮捕されたとしても自分は比較的早く釈放されるのではないかという思惑がマイケルのうちにあったという推論が成り立つわけです。もし、逮捕されること自体に目的があったとすれば・・・、妄想は、どんどん進んでしまいます。例えば牢獄に収監されている父親を脱走させたかった、その父親と同じ刑務所に収監されるまで逮捕と釈放を繰り返すつもりでいた、というふうに推理(妄想)するのも一つですが、これではイササカ単純です。ここで父親が殺した人物が「ミスターX」というミステリアスな名前であることが気になります。父親がXを殺した(そして、そのことが彼のトラウマの原因になっている)ということになってはおりますが、ここに意外な真相が隠されている可能性はあります。(例えば、父親とXが入れ替わっており、それを決定づける証拠が警察の中に隠されているとか・・・)

それとは正反対の推論も立ててみました。つまりマイクルは本当に口がきけないのではないかという推論です。いうまでもなく彼は喋れないという設定になってはいるのですが、一方で自分のトラウマさえ克服されれば発声できると信じ切っています。それは、マイクルが勝手に信じているだけの話で、どう頑張っても声を出すことができないことを決定づけられているとすれば、(彼が身体的な損傷を被っている、例えば脳の一部や声帯を損なっているとすれば、)どうなってしまうのでしょうか。釈放された後、アメリアに向かって言葉を発したいと願う彼の夢は、単なる幻想に過ぎないということになってしまいます。すでに言葉が失われているにもかかわらず、自分に表現できる可能性が残されていると信じている人間の妄想、それが『解錠師』という作品なのかもしれません(と、妄想してみました。)

もう少し妄想を広げさせていただきます。ゴーストこそが実は警察の人間だった可能性はないでしょうか。一流の金庫開けという技術を売り物にできるマイケルを潜入させ、ゆくゆくは巨大犯罪組織を壊滅させるという目的をもって、ゴーストはマイクルに解錠のノウハウを伝授したのかもしれません。スーパー・マリオネーションの名作「サンダーバード」に登場する執事パーカーは元金庫破りでした。怪盗アルセーヌ・ルパンが探偵役をつとめたときもあります。近年では貴志祐介さんの『鍵のかかった部屋』『ガラスのハンマー』の主人公・榎本 径(「F&Fセキュリティショップ」の店長)は泥棒のような探偵のような人物として描かれていました。四字熟語に「鶏鳴狗盗」という言葉があるように、泥棒の側が正義や救済のために貢献するというパターンの物語は数多存在しています。イササカ文化人類学的な言い方をするなら、辺境人が制度や組織の秩序を維持し、さらには活性させることに貢献するという構造をもった物語が社会の深層には存在しているのです。この『解錠師』も、そのパターンにはまって展開してゆくのかなぁと思いきや、全然そんな物語にはなっていなかったのです。

「口がきけない解錠師(泥棒)」は、物語としてもミステリーとしても多様な膨らませ方ができる美味しいネタだったはずです。にもかかわらず作者は決して面白い方向には展開させようとはしていません。それでいて、なかなか面白く読めて、読者を退屈させたり不快にさせたりしない作品『解錠師』は、あらためて不思議な作品だと思います。

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