- 2013-02-09 (Sat) 06:56
- 21世紀アガサ・クリスティー
(アガサ・クリスティー『満潮に乗って』の真相部分に言及しますのでご注意ください。)
今回ポアロはうぬぼれが過ぎてバチが当たっています。『三幕の殺人』の終局で自分はワザと尊大にふるまって相手を油断させていると力説していたポアロですが、どうしてどうして彼の自尊心強さには拭いがたいものがあるのです。
ローリイ・クロードからロバート・アンダーヘイ(イノック・アーデン)の正体を突き止めてほしいと依頼されたポアロは、アンダーヘイとの旧知ポーター少佐を見つけ出します。実は、もともとポーター少佐のことを知っていたのですが、見栄を張った彼は超人的な技で短時間のうちに見つけ出すことができたかのように嘘をつきます。その結果、騙したはずのポアロが、最終的に騙されることになってしまいました。やや宗教的な教訓も読みとれる設定になっているのですが、カトリックの信者であることをポアロ自身が明言しているところも、この作品の特徴です。
そのカトリックの信者であるということが、ひとつの伏線になっているあたりの設定は見事なのですが、残念ながら今回の事件の真相は、一点だけに特定することができない高い蓋然性をもってしまっています。人間関係が複雑すぎて、他の人物が犯罪に関与した可能性が否定しきれないのです。気がついたところだけ指摘すると・・・
*ロバート・アンダーヘイのところに訪れた女性がアデラ・マーチモント、フランセス・クロード、ケイシイ・クロードである可能性はないのか。
*ポーター少佐がジャーミイ・クロード、ライオネル・クロードとも結託していた可能性はないといい切れるか。
*モルヒネを処方したのがジャーミイ、ライオネル、あるいはローリイ・クロードだという可能性は捨てられるのか。
*途中、自殺者が出るが絶対に自殺だと断定できるのか 。
などです。もちろん、どんなミステリーも他の真相がある可能性を否定しつくすことはできないのですが、この事件の場合は選択しうる結論の幅が広すぎるのです。そんな状況にあってポアロの天才性は、他の誰をも思いつかなかった可能性(意外性)にたどりつくという点において発揮されていきます。ポアロお得意の転倒術が意外な真相を導き出していくのです。例えば・・・
*騙したと思っていた者が騙されており、騙されたと思っていた者が騙していた。
*女だと思っていた者が、実は男だった。
*他殺だと思われていたものが事故だった。自殺だと思われていた者が他殺だった。
*偽物だと思われていた者が本物だった。本物だと思われていた者が偽物だった。
というような点をポアロは解明していきます。しかし、今回の推理の白眉は、次のような転倒をやってのけたところにあると考えられます。
*動機がないと思われていた者に動機があり、動機がないと思われていた者に動機があった。
普通このような発想が成り立つのは「交換殺人」の場合です。明確な動機が存在する場合、ほとんど人はそれを疑おうとしないからです。それほど人は固定化させて物事を考えてしまうものです。決して物事を決めつけてしまうことなく自由な思考ができるところにポアロの優れた能力があるといえるのです。
面白いことをポアロが言っている箇所がありました。イギリスの田舎に比べて彼の祖国ベルギーでは夜遅くまで小さなコーヒー店が開いていると言っていました(第二篇5章・P273)。今度ベルギー出身の先生に確かめておきたいと思います。
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