- 2014-02-12 (Wed) 21:04
- ミステリーな毎日
(バロネス・オルツィ『隅の老人』、今回は「フェンチャーチ街駅の謎」についてです。真相部分に触れておりますので、必ずこの短編作品を、是非<完全版>でお読みになってから読んでください。)
変装は難しいですよね。よく『隅の老人』シリーズでは誰かが誰かに化けるという変装が登場しますが、かなり見破られる危険性の高いトリックではないでしょうか。この「フェンチャーチ街駅の謎」には変装した人物が出廷するという場面がありますが、彼の妻や友人が何も気づかないという設定は少し(いや、かなり)不自然だと考えられます。
さて、今回「隅の老人」が語る事件(「フェンチャーチ街駅の謎」)の説明は、だいたい、こんな感じです。
ウィリアム・カーショーの妻と、カーショーの友人カール・ミューラーが警察に駆け込むところから話は始まります。カーショーの身に危険が迫っているというのです。数日前からカーショーは行方不明になっており、古い知り合いで過去に仲間を殺した人物(パーシー、現在はフランシス・スメサーストと改名)に会うことになっていたのです。ミューラーからお金を借りなければならないほど困窮していたカーショーは、海外から帰国したスメサーストに直接会って、過去の罪をネタに高額の金銭を融通してもらうつもりだったのです。
しかしカーショーは帰ってきません。やがて溺死体が発見され、スメサーストは逮捕されます。法廷ではスメサーストとカーショーが会っていたという証言が次々になされていくのですが、ここで弁護士サー・アーサー・イングルウッドによって何と容疑者の無罪を決定づける証人が召喚されました。その証人によれば、カーショーはスメサーストに殺されたと考えられる日時よりも数日後ホテルに姿をあらわしていたのです。しかも、そのホテルにカーショーは財布を置き忘れていました。
これでスメサーストがカーショーを殺した可能性は消え失せ、事件は迷宮入りとなります。そこで「隅の老人」の卓越した推理が始まるのですが・・・と、こういった感じです。
かなり奇妙なのはカーショー夫人が法廷でスメサーストと同席しながら何も気がつかないところです。もっとも、この点に関しては、悲しみのためか夫人はスメサーストに目も向けられなかったと「隅の老人」は説明していました。とはいうものの、友人のカール・ミューラーまでもがスメサーストの正体に気づかなかったのは、あまりにも不可解ではないでしょうか。
さて、こう考えてみると、この友人カール・ミューラーも限りなく怪しい人物であると思えてきます。
「隅の老人」が目をつけたのは、カーショーが出没したというホテルの情報を、どうして弁護士イングルウッド側がキャッチできたのかという点です。このシリーズの面白い点は、どうして、そして、どこに不審をもったのか、「隅の老人」自身がはっきりと語ってくれているところです。彼が不審に思う可能性があるポイントは、あらかじめ読者にもわかるよう呈示されていたりするので、その点でこのシリーズではフェア精神が守られているともいえます。
「隅の老人」が不審に思った点については、別の解釈も成り立つように思われます。要するに、ホテル関係者は頼まれて「カーショーが生きていた」と偽証していたのではないかということです。何といっても只今スメサーストは大金持ちになっているので、自分に有利な証人を買収によって捏造することは容易です。しかし、たとえスメサーストが買収に成功していたとしても、ホテルに置き忘れたという「財布」の件は、どうなるのでしょうか。この財布はミューラーによって「間違いなくカーショー本人のものだ」と確認されています。
さあ、そうなってくると、ここでまた怪しい友人カール・ミューラーの存在が浮上してくるわけです。彼もスメサーストと結託しており、犯罪を成立させるための偽証をしていたのではないでしょうか。先に述べたように、法廷でスメサーストの顔を見ていながら、ミューラーが何も不審に思わないのは不可解このうえないことなのです。しかも彼は二度も法廷に足を運んでいました。
ところで、ミューラーもグルだったとして、彼が犯罪に加担する動機は何なのでしょうか。そうなると、ウィリアム・カーショーの妻(カーショー夫人)にも疑惑が向いてしまいます。カーショー夫婦の愛情は冷めてしまっており、この非道な犯罪に協力することと引き換えに、夫人は夫と縁を切りミューラーと結ばれるという契約が交わされていたとは考えられないでしょうか。
そういえば法廷でのカーショー夫人の服装も怪しいです。指輪こそ黒い布で覆っているものの、着飾りすぎでごちゃごちゃしすぎのクレープのドレスが目立ちます。そもそも、カーショー夫人とミューラーは妙に親しすぎる印象を受けないでしょうか。「隅の老人」は夫人が法廷でスメサーストを見ようとしなかったと述べていましたが、実は「見る必要がなかった」ということだったのかもしれません。だいいち、この夫人に貧窮して友人や知り合いにお金をせびるような夫を支えていこうという愛情はあったでしょうか(こうなってくると、何だか登場人物が全員犯人だったみたいな話になってしまいますが・・・)。
このシリーズでは犯罪が立証されたり犯人が逮捕されたりすることがないので、真相については他の可能性も考えられる余地があります。謎めいた老人が一方的に謎を語るだけなので、事件そのものが本当に起こったことなのかさえ疑わしいところがあるのです。さすがに幻想的になりすぎてはならないという判断が生じたのか、単行本化される際には叙述形式の改訂がおこなわれたようですが、この度は、せっかく平山雄一さんが雑誌掲載時の原形のままで翻訳してくださっているのですから、この「隅の老人」の怪しさを徹底的に楽しんでみてはいかがでしょうか。
原作者バロネス・オルツィは、どんなことまで想定して、この『隅の老人』シリーズを創造したのでしょうか。ある未解決の犯罪に対して、A・B・C喫茶店の片隅に座っている老人が勝手に推理を述べる。その推理は驚愕に値するものだが、シャーロック・ホームズの快刀乱麻な明察とは違って、他の見解が絶対に成り立たないわけではない。さて読者には「隅の老人」が提示した以外の(あるいは以上の)真相を探り出すことができるだろうか。このシリーズの一話一話を「読者への挑戦状」として読んでほしい・・・。幻想と申しましょうか、妄想は果てしなく膨らんでいってしまいます。
今回発売された『隅の老人<完全版>』の6800円(税別)という価格は決して安くはない値段です。しかし、この『隅の老人』は、自分の推理を楽しむ余地をおおいに与えてくれる短編集なのです。もし元を取り戻したいと願うならば、「隅の老人」と向きあって読者も積極的に真相究明合戦に参加してみてはいかがでしょうか。単に老人の推理の欠陥をあげつらうだけでは、とてもとても、この金額には足りないはずです。 (随分、勝手なことばかり書いてしまいました。翻訳者の平山雄一様、どうかお許しください・・・。)
Comments:1
- Ericksen 2020-02-16 (Sun) 02:32
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香川県さぬき市長尾 ルーちゃん餃子のフジフーヅは入ったばかりのバイトにパワハラの末指切断の大けがを負わせた犯罪企業.中卒社員岸下守(現在 鏡急配勤務)の犯行.