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東野圭吾さんの『悪意』(講談社文庫)。加賀刑事の過去について。

 (東野圭吾さん『悪意』の真相部分に言及しますので、ご注意ください。)
 『容疑者X』のときもそうでしたが、しばしば東野さんの作品は奇抜な犯罪を構築するがゆえに、犯人の動機に不自然さが残るところが難点です。今回の犯人は被害者に悪意を抱いたがゆえに、とんでもない報復を試みるのですが、冷静に振り返ってみれば被害者を殺したというだけで報復は成り立っており、それ以上の嫌がらせを死者にする必然性はないようにも思われます。しかし、それでも東野作品に面白さを感じることができるのは、現実的に人間は過剰な思い込みによって過激な行動を起こすことがあるということにも、ある種のリアリティを私たちは実感することができるからです。東野作品の犯人たちの動機は特異です。しかし、だからといってその動機にまったく共感できないわけではないのです。
 加賀恭一郎刑事は自分の過去の経験に基づいて真相を究明します。手記(回想録)の中で加賀は明確に書いていないのですが、彼が犯人の悪意に気づいたとすれば、単に自分が教師時代にいじめ問題に直面していたからではなく、善意で生徒のためにしてやったことが結果的に激しい憎悪を生んでしまっていたことを思い出したからです。
 では『麒麟の翼』で加賀が教師・糸川に激怒した心理は、どのようなものだったのでしょうか。糸川は、ある善意によって生徒たちをかばってやります。しかし彼には善意が悪意を生むこともあるという人間心理の複雑さに対する理解がありません。深い考えもなく他人に善意に施すことが、さらに悪い結果を生んでしまうこともあるのです。「そんなこともわからいようなら教師をやめてしまえ」と加賀は糸川を面罵しますが、教師という職を放棄してしまった加賀に、そんな偉そうなことをいう資格はないようにも思います。
 この加賀の怒りは、自分自身の過去への憤りだったのかもしれません。
 

Comments:1

yakuzaru 2013-01-04 (Fri) 00:05

麒麟の翼の起こるシーンですが、
悪意を読んだ後だったので、
全く同じこと考えてしまいました。

矛盾しているなあと考えてしまいましたが、
自分自身への過去への憤りと考えたほうが読み手としてはしっくりきました。
ありがとうございます。

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