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東野圭吾さん『マスカレード・ホテル』、そして映画『麒麟の翼』

 (東野圭吾さん著『マスカレード・ホテル』・『麒麟の翼』の真相部分に言及しますのでご注意ください)。
 東野圭吾さんの『マスカレード・ホテル』を読んでいると、日本のミステリーは謎解きや犯人当ての面白さだけで売れているのではないという気がしてきます。この小説の面白さは、何よりもまずホテルマン/ホテルウーマンの職業倫理が上手に描かれているところです。それが警察の職業倫理と衝突するようになっていくわけですが、ホテルを舞台に展開していく個々のエピソードがよくできていて、本筋の方が付け足しなのではないかという印象さえもってしまいました。ところが、終局部でこの職業倫理そのものがミス・リーディングを引きおこす要因になっていたことに気づかされ、ミステリーとしても充分に堪能できる作品であるという結論に至りました。実際に私は犯人に狙われている真のターゲットが誰であるかまでは予想することができたのですが、真犯人を見抜くことはできませんでした。
 『麒麟の翼』は加賀恭一郎シリーズの作品です。このシリーズの面白さは、加賀という人物が「職業倫理」という枠組みを超えているがゆえに真相にたどりつけているところです。事件が起こった際、刑事や探偵の関心は何が起こっていたのかという「出来事」の方へ向かいます。しかし、加賀の関心は関係者が何を思い考えていたのかという「人間」に向かっていくのです(それも大きな意味では職業倫理なのかもしれません・・・)。『どちらかが彼女を殺した』を読んだ時点では、加賀の風貌は「刑事コロンボ」に似ているという印象をもったのですが、『新参者』がドラマ化されて以降は、すっかり阿部寛さんのイメージが定着してしまいました。
 映画『麒麟の翼』では、容疑者がココア好きであったという点が割愛されています。この件があるのとないのとでは、加賀が容疑者を真犯人ではないと判断した根拠が変わってくるのです。香織から冬樹が殺したとは思えないといわれた加賀は、その時点で「ええ、わかっています」と断言していました。加賀とて他の箇所では冬樹が犯人である可能性が一番高いといっていたわけですから、被害者が殺される直前に喫茶店で頼んだ飲み物が判断を変えた根拠になっているはずです。映画の場合は、加賀が人情によって香織の主張を信じたことになってしまいます。加賀の人物像の描き方に若干のズレがあるように感じました。また、映画には被害者が「労災隠し」に加担していなかったと証言される件がつけたされており、被害者が原作よりも「いい人」に描かれているようにも感じました(中井貴一さんが演じていることも多少影響しているのかもしれませんが・・・)。
 原作でも映画でも気になったのは、加賀が教師・糸川に対して激怒する場面です。たしかに糸川が中学校での事件を隠蔽したのは正しいことではありませんが、同じ隠蔽ということでしたら「労災隠し」をした企業ももっと裁かれるべきではないでしょうか。糸川だけに罪を負わす結末は、ややバランスを欠いていると思われましした。しかし、このことは加賀がかつて中学教師を辞めたことと関係しているのかもしれません。その経緯はたしか『悪意』という作品に描かれていたように記憶していますが、今一度読み返して、加賀の深層心理を検証してみたいと考えています。

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