- 2012-02-20 (Mon) 13:56
- 21世紀アガサ・クリスティー
(すでに多くの人が、このアガサ・クリスティー作『オリエント急行の殺人』の結末をご存知かもしれませんが、とにもかくにも真相部分に言及しますのでご注意ください。)
いよいよドラマTV『名探偵ポワロ』の新シリーズが2月上旬にNHK・BSプレミアムで放映されました。その最終話が、この名作『オリエント急行の殺人』でした。なお、この作品は、昨年度ハヤカワ文庫から山本やよいさんによる新訳が発刊されています。文庫の解説は旧訳と同じ有栖川有栖さんによるものでした。そこで有栖川さんも述べておられますが、この作品の驚愕の真相は、先入観なしに読めば、むしろ見破られやすい類のものかもしれません。アーバスノット大佐とメアリ・デブナムが列車の中では他人のふりをしていること、被害者の刺し傷が12カ所もあったことなどを考えあわせただけで容易に犯人を見抜くことができそうにも思われます。現代の推理小説作品でも、犯人やトリックの設定に凝れば凝るほど、その作品の真相は解明されやすくなることがママあります。多くのミステリー・ファンは、最も意外な結末は何だろうかと予測して読むものだからです。しばしば推理小説の世界では、作者がより意外な結末を想定すれば想定するほど、読者に結末を見破られやすくなるというパラドックスが生じるということです。後世、作者と読者のイタチごっこを生むことになる「意外性」の発端を、この『オリエント急行の殺人』という作品は切り開いたのかもしれません。
さて、作品の中ではポアロは犯人の偽装にこだわるところから推理を始めます。おおよそ偽装が有効に働くのは、誰か特定の人間を犯人にしたてあげる場合です。それ以外には、捜査を撹乱することだけを目的とした偽装もありますが(例えば、この作品における現場に残されたハンカチとパイプ・クリーナー)、その手の偽装は容易に見破られることと背中合わせです。偽装の指し示すものが、矛盾したり併存したりする(例えば、犯人は男とも女とも考えられるとか、自殺とも他殺とも考えられるとか、明確な証拠も曖昧な証拠もある場合とか)場合は、たしかに探偵役の思考に混乱をもたらします。しかし、同時にひとつの偽装が他の偽装をうち消すという相互否定を起こしてしまう可能性があり、そうなると犯人を指し示すもの総てが何者かによって作られているという結論に達しかねません。
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