- 2012-01-22 (Sun) 14:56
- 21世紀アガサ・クリスティー
(アガサ・クリスティー作『マギンティ夫人は死んだ』の真相部分に言及しますのでご注意ください)。
前回『名探偵を推理する1 ポアロ』を発刊した後に、新たにDVD化された作品があるので、それらについて言及しておきたいと思います。
まずは『マギンティ夫人は死んだ』です。マギンティ夫人という家政婦が撲殺され、下宿人のジェイムズ・ベントリイという青年に容疑がかかります。やがて裁判が開かれベントリイ青年の死刑が確定してしまうわけですが、捜査を担当したスペンス刑事は納得がいきません。どうしても彼が犯人だと思えないのです。そこでポアロ(ドラマではポワロ)に相談に来たというわけです。
最初のスペンスとポアロとの会話に、ポアロ独特の思考法を見出すことができます。この事件では犯行に使われた凶器が発見されていません。凶器が特定されていないのに死刑が確定するとは、当時の裁判はいい加減なものではなかったのかとも思われるのですが、一方、盗まれた現金は夫人の住居の裏庭から出てきます。凶器と比較してみた場合、あまりにも盗品の方は安易な隠され方をしていたのです。その矛盾点に気づいたポアロは、「想像力がおよぶかぎり」事件の背景を深読みすることが重要だと説きます。そして、多くの事件は被害者の人間性を観察すれば解決するが、この場合は加害者こそが問題だというような高説を語り始めるのです。ポアロはもってまわったいい方をするので、わかりにくいのですが(実際に、この物語のなかで依頼人スペンス警部は、何度もポアロの物いいにいらだっています)、要するにこの名探偵は加害者と被害者とを転倒させる必要性を語っているのです。加害者とされたベントリイは、実は被害者だったかもしれない・・・つまり、真犯人に罠にはめられたのかもしれない、という可能性に彼は行きついたわけです。物事を転倒させて考えるという手法は、ポアロが真相を見抜くための常套手段です。この物語のなかでも彼は何度もこの思考法を実践しています(実際、この時点でのポアロの指摘は的中していたわけです)。
その後ポアロは実地調査に乗りだします、が、あらためて調べたところで捜査は進展しません。すでにスペンス警部も充分な捜査をしていましたので、ポアロができたことは、せいぜい警部が見聞したであろうことをなぞるぐらいです。手がかりらしきものも見つかりそうにありません。それでもポアロは自分に必ず何らかの「啓示」が与えられるであろうと信じ続けます。そこで彼が向かうのは郵便局です。当時の郵便局はコンビニエンス・ストアの役割を兼ねているようで、クリスティーの小説世界では情報(噂)が集まりやすい場所として、しばしば登場しています。
郵便局に勤めるミセス・スイーティマンの話から判明したのは、殺される直前マギンティ夫人がインク瓶を買っていったということです。それだけでは他愛もないことなのですが、ポアロが素晴らしいのは、その事実とマギンティ夫人の人間性を重ねあわせて考えることができるというところです。普段、手紙を書かないような人間がインクを買ったとポアロは想定し、何か手紙を書きたくなるようなことを死ぬ直前のマギィンティ夫人は見聞していたのではないかと仮説をたてたのです。その発想に基づいて、ついに彼は夫人の遺留品の中から記事を切り抜いた古新聞を発見しました。夫人の遺留品はスペンス警部も見ていたはずです。しかし、ポアロだけが古新聞を見落とさなかったのは、彼がインク瓶という些細な事柄から、まさに「想像力がおよぶかぎり」、その背景に隠れている事実を見出すことができていたからです。この点に、この名探偵の想像力のすごさを感じとることができます。
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