『詩文集 独りの偵察隊』
亡命チベット人二世は詠う
テンジン・ツゥンドゥ 著
劉燕子・田島安江 訳・編
四六判、並製、208ページ
定価:本体2,000円+税
ISBN978-4-86385-364-5 C0098
ダライ・ラマ一四世と八万人の亡命から六十年
インド生まれの亡命チベット人二世が詠う魂の詩文
FREE TIBET
ラダックからは
チベットがチラッと見える
ドゥムツェの黒い丘が見えたら
そこからチベットだよ
初めて祖国を見たとき
大地の匂いを思いきり嗅いだ
土をしっかり握りしめた
■著者
テンジン・ツゥンドゥ(Tenzin Tsundue)
亡命チベット人2世として、1974年にインド・マナリの道路脇のテントで生まれる。ダライ・ラマ14世とともに亡命した両親は道路建設の重労働で疲れ果て誕生日が不詳(役所により三つの異なる記録)。ダラムサラのチベット人学校で学び、1997年に大学を卒業すると独りでインド西北部からチベットに潜り込むが拘束され「外国人」として強制送還。ムンバイ大学大学院英文学修士、詩人、作家、フリー・チベット(チベットに自由を)のアクティビスト。2001年に第一回全インド・アウトルック・ピカドール・エッセイ・コンテストで大賞を受賞。著書にCrossing the Border(1997)、My Kinds of Exile(2001)、Kora : Stories and Poem(2002)、Semshook : Essays on the Tibetan Freedom Struggle(2007)、Tsen-Gol: Stories and Poems of Resistance(2012)があり、フランス語、中国語などに訳されている。チベット作家協会会員、チベット友好協会(インド)事務局長。
■訳・編者
劉燕子(リユウ・イェンズ/Liu YanZi)作家、現代中国文学者。北京に生まれる。大学で教鞭を執りつつ日中バイリンガルで著述・翻訳。日本語の編著訳書に『黄翔の詩と詩想』(思潮社)、『中国低層訪談録―インタビューどん底の世界―』(集広舎)、『殺劫―チベットの文化大革命―』(共訳、集広舎)、『天安門事件から「〇八憲章」へ』(共著、藤原書店)、『「私には敵はいない」の思想』(共著、藤原書店)、『チベットの秘密』(編著訳、集広舎)、『人間の条件1942』(集広舎)、『劉暁波伝』(集広舎)。劉暁波詩集『独り大海原に向かって』(共訳、書肆侃侃房)、劉霞詩集『毒薬』(共訳、書肆侃侃房)、『現代中国を知るための52章』(共著、明石書店)、『中国が世界を動かした「1968」』(共著、藤原書店)、『〇八憲章で学ぶ教養中国語』(共著、集広舎)、中国語の著訳書に『這条河、流過誰的前生与后生?』、『没有墓碑的草原』など多数。
田島安江(たじま・やすえ)
1945年大分県生まれ。福岡市在住。株式会社書肆侃侃房代表取締役。
既刊詩集『金ピカの鍋で雲を煮る』(1985)
『水の家』(1992)
『博多湾に霧の出る日は、』(2002)
『トカゲの人』(2006)
『遠いサバンナ』(2013)
共編訳 劉暁波詩集『牢屋の鼠』(2014)
都鍾煥詩集『満ち潮の時間』(2017)
劉暁波第二詩集『独り大海原に向かって』(2018) ほか
もくじ
序文 ツェリン・オーセル
Ⅰ 詩篇
地平線
ロサル
独りの偵察隊
絶望の時代
ぼくのチベット人としての本懐
亡命者
ぼくはテロリスト
ムンバイのプゥパ
うんざりだ
ダラムサラに雨が降る時
ペドロの横笛
亡命者のわが家
ぼくのタマネギを探して
国境をくぐり抜ける
廃墟のつぼみ
まっ白に洗って
ぼくはどこかでぼくのロサルをなくした
激雷が大地を揺るがす
いかに歩いたか
蜘蛛の巣
芽生え
Ⅱ 詩文
抵抗―違いを祝福しあう―
ぼくの美しき女神ゼデン・ラモ―想像と現実のチベット―
ぼくにとっての亡命
なぜ、ぼくはさらなる足場や塔に登ろうとするのか?
コルラ(右繞) ―生生不息―
ぼくのムンバイ・ストーリー
ギャミ―中国人のイメージ―
ぼくらのインドにおける実体験
ラマの民主主義
インドの警棒とインドのロティ―ぼくらのアクティビズムを評価する―
ぼくは生まれながらの亡命者―著者へのインタビュー―
編訳者覚書
詩
独りの偵察隊
ラダックからは
チベットがチラッと見える
人は言う
ドゥムツェの黒い丘が見えたら
そこからチベットだよ
初めてぼくが我が祖国チベットを見たときのこと
急がねばならぬ密かな旅の途中
その盛りあがった丘に立った
大地の匂いを思いきり嗅いだ
土をしっかり握りしめた
乾いた風と野生の老いた鶴の声に
耳を澄ませた
国境などどこにも見えない
誓って言うが、そこには何もない
変わったところなどないのだから
あそことここの違いなど
ぼくには分からないよ
人は言う
毎年、冬になると、キャン(野生のロバ)がやって来ると
人は言う
毎年、夏になると、キャンは戻っていくと
書評
「朝日新聞」2019年8月14日 評者=倉橋健一さん
《つまりこの一冊は、どこまでもチベット民族の一員としてのアイデンティティを語った数少ない著書ということになる。〔……〕テンジンはかつて若い頃まだ見ぬ祖国を知るためにチベット高原を歩きつづけて潜り込んだが、しかし五日目には捕らえられて三ヵ月拘留されたあげく、不法入国の「外国人」と規定され追い出された。紙面の都合でここでは短い詩篇しか紹介できないが、それで息遣いは伝わろう》
「図書新聞」2019年8月17日 評者=河津聖恵さん
《フリー・チベットのアクティビストとしても知られるが、その活動と試作は詩人の中で「手に手を取りあって共存している」という。危機感と絶望の中で、自身の実存を守るために詩を書いている。〔……〕亡命者の痛みはじつは私たちにもある。今を生きる誰しもの心の奥には、グローバリズムとナショナリズムに個の自由を押しつぶされ、魂の故郷を奪われる痛みが息を潜めている。本詩集は読む者の中に眠る亡命者の痛みを叩き起こし、その痛みからこそ生き直しうることを教えてくれるだろう》