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これが完成した本!

  • 2011-04-07 (Thu) 16:16
  • 総合

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 前回に続き、拙著のことを。ようやく念願のアフリカ本「ブラックアフリカをさるく」が福岡市の出版社、書肆侃侃房から刊行された。副題に付けた「声をあげ始めた人々」が示唆するように、アフリカ取材で感じた「変化」を紹介したつもりだ。この欄で記したブログが基になっているが、ミニ解説的なコラムも設けており、ブログよりは読みやすくなったはず。と願っている。
 本日、このお知らせをアップしていて、少し晴れやかな気持ちになっている。それは東日本大震災発生以来、ずっと気になっていた一つの個人的なことが「解決」したからだ。
 私はアフリカ特派員の後、半年ほどして、岩手県の盛岡支局に1990年から2年間勤務した。仕事の大半は岩手県政のカバーだった。アフリカから岩手県への異動であり、土地勘もないから、原稿のねたを探すのに一苦労した。今回の大震災で甚大な被害が出た三陸海岸には支局の通信部もあり、あまり足を運ぶことはなかった。
 しかし、釜石市には個人的にお世話になり、忘れがたい人がいた。風流な名の旅館を営むSさん。当時、地元の人たちを対象にした教養を深める勉強会を定期的に旅館で催されていて、何かの縁で私にも「釜石の人たちにアフリカのことを話していただけませんか」と声がかかった。もちろん、喜んでその旅館を訪ね、その夜集まった20人ほどの方々に話をさせてもらった。集まりが終わった後は、確か、囲炉裏を囲んでSさん夫妻から三陸のうまい料理と酒をご馳走になった。Sさんは三陸の山の幸、海の幸に明るいお方だった。
 大震災の津波をテレビで見て以来、ああ、Sさんご夫妻は無事でおられるだろうかということが気になっていた。時々、パソコンでその旅館のことを調べてみるのだが、特段の情報は得られなかった。誰かの「投稿」か、旅館の建物は残っているが、津波の大きな被害を受けていることは分かったが、Sさん夫妻の消息をつかむことはできなかった。それが昨日、運よく、消息をご存知の方と連絡が取れ、Sさんと電話で語ることができた。
 電話の声はとても張りのある声で、その声を聞いただけでほっとした。Sさんは旅館の営業は6年ほど前からやめていたこと。今回の津波からは奇跡的に難を免れたこと。津波が2階の天井まで届いており、建物自体の修復は無理なことなどを淡々と語られた。今は盛岡市内の避難所暮らしのSさんからは、釜石の復興や三陸の植物の研究にこれからも頑張る気力があられると推察できた。
 Sさんは私からの電話をとても喜んでいただき、私がアフリカ本のことを話すと、「あなたが私の旅館で話していただいたマンデラさんの話はとても興味深いものでした。今でもよく覚えていますよ」と懐かしそうに語られ、今回の出版もねぎらっていただいた。アフリカから届いた友人、知人のメールにもまして、勇気づけられた思いだ。
 なお、「ブラックアフリカをさるく」は1575円。問い合わせは、書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)のホームページを参照してください。電話092-735-2802。

Comments:4

安代 2011-04-07 (Thu) 20:33

省一さん

『ブラックアフリカをさるく』の上梓おめでとうございます。

ブログの中でもアフリカという言葉を何度も聞いてきました。集大成になったことと思います。

早速 書肆侃侃房さんに注文させていただきます。

mutsuo 2011-04-08 (Fri) 09:37

おめでとうございます。

そして、釜石のSさんとの邂逅および連絡復旧のお話、とても心に響く話をおーきん。

俺ん釜石に学生時代の友達がおるとじゃが、いまだに消息が分からんとよ。無事を祈る毎日じゃけんどんね。

東京でん出版祝賀会を開かにゃならんね。

とりあえず祝意とお礼を申し述べさせていただきました。

kabu 2011-04-12 (Tue) 00:04

今日は雷、大きな余震となんとなく重たい気持ちで
帰宅すると厚みのある封筒が届いている
開けて見るとブラックアフリカの本!

表紙の色も紙の質もレイアウトも目に優しく
取材の文章はもちろんの事コーヒーブレイクのコラムが
国事情を分かりやすく丁寧に説明してくれている
那須さんのアフリカへの思いが伝わってきました!
集大成ですね

早速 拝読させていただきます!
ありがとうございましす!

Anai 2011-04-22 (Fri) 11:32

那須さん

アフリカさるき無事終了、本の上梓、おめでとうございます。

自分で「立証」できる範囲でいうと、400年びくともしなかった江戸城(皇居)二重橋の内側の城壁がグラグラになったほどの巨大な激震、3・11を無事に生き延びただけ、運にいっぱい恵まれていますね(お互いに!)。

本を贈っていただき、ありがとうございます。

那須さんの取材力と表現力、アフリカへの思いやりのおかげで、アフリカが世界のなかで最も身近な地域のひとつになった気がします。元NHKの人のようにうわべだけでの知識を安全地帯にいて得々としゃべる世界とは正反対であり、アフリカに住む人たちの声(情報)をfirst-hand、hands-onで伝えているからです。「地理」「世界史」「国際関係」など、教える側がメシを食うための保障として小分けされた「教育」を受けるしかない世間一般にはまず生涯知ることのない文字通り「生」情報がいっぱいです。

「西洋」による南アフリカ収奪の始まりが日本の江戸時代が始まってすぐの頃にさかのぼることも、勉強しました。今度は同じ17世紀にMay Flower号(個人的には新天地を求めてゼロかの再出発をする彼らを尊敬しています)が起点となる、西洋人による原住民抹殺と、アフリカの植民地化を明らかに促進させた奴隷貿易で運び込んだアフリカ人奴隷からの収奪の本家であるアメリカをさるかれるとのこと、その報告を楽しみにしています。ジョン万次郎や福沢諭吉とは違う「発見」をきっとされるだろうと期待して」います。

アフリカをさるいておられる間、途中から、連絡ができない状態にありました。11月にウイルスにPCが侵略・破壊をされ、大事な女性たちの連絡先も何もかもが、人生の最期の瞬間のように消滅しました。復元ソフトは素人では時間がかかるだけで、それでウイルスの残滓がないことまでは保障されないなどがわかり、パソコンごと買い換えました。そういうわけで、那須さんにも連絡ができないままでした。今回、本の著者紹介でアドレスを知り、こうして書いております。

11月の「デジタル棄民」経験は貴重でした。「これは人生をゼロからやり直せ」という天の声と受け止め、「新しく出会うもの、人、仕事のすべては、自分の宝!」と思うことにして生きています。

そこへ3・11。大揺れのなかで、この瞬間が自分の終わりと思う自分と、「これで生き延びたらとことん生きるぞ」と居直って「その後」を楽しみにしている自分がいました。震災・放射能汚染の余波で、3月後半から4月中旬まで1カ月「無仕事」(当然、収入ゼロ)でしたが、「天が与えてくれた休み」と感謝して、ほぼ連日、5-10時間ほどノンストップでウォーキング三昧をやりました(行政的には今月から「介護サービス」受給資格を得ていますが)。1日の最長「記録」は市川・神田明神往復の6万歩、42キロでした! 次は7万、できれば10万歩を目指しています! 人間にとって最強の「資本」は健康な体だから、1か月間思い切り「自己資本強化」に努めました。放射能放出がありましたが、江戸川土手で春を迎えた、ノビル、よもぎ、ノカンゾウ、つくしを収穫して、おいしく食べたし、冬を狭い庭の畑で生き延びて春の日差しの中でグングン成長した春野菜の数々も堪能しました。

アメリカに発たれる前に時間がありました、ぜひ飲みませんか。

穴井

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