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5年で2軒から1000軒に

  • 2010-12-19 (Sun) 15:58
  • 総合

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 ジュバの通りの新聞売り場で数紙の英字新聞を買うことができる。そのうちの一つ、シティズン紙を訪ねた。ホテルからバイク・タクシーの助手席に乗って走ること10分ほど。倉庫のような建物の壁面に ”The Citizen” “South Sudan Independent Daily Founded in 2005” という文字が見えた。ジュバで刊行されるようになって5年になるということか。
 インタビューの相手は編集局長のニアル・ボル氏。受付を通って案内されたのは道路から見えた建物ではなく、そのそばの茅葺の伝統的な小屋の方だった。
 「ジュバは今、世界で最も成長している都市だと思います。私たちがここで編集作業を行うようになって5年たちますが、当時はジュバにはレストランは2軒しかなかった。今はホテルやゲストハウスを含めると食事ができる場所は1000軒を超えたと聞いています」とニアル氏は語り始めた。
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 「私も南部スーダン出身です。ジュバ生まれではありませんが、13歳のころからジュバで学校に通っているので、よく知っています。ジュバの人口ですか。100万人ぐらいでしょうか。ただ、ジュバでは今、ウガンダ、ケニア、エチオピアなど周辺の東アフリカから働きにやって来ている人が多くて、彼らを足した人数の方が南部スーダン人の数より多いはずです」。南部スーダンは東アフリカでは珍しい産油地帯を抱えている。レファレンダム(住民投票)後の発展への期待が仕事を求める人々を吸い寄せているようだ。
 スーダンは国土面積で言えば、アフリカ最大。このため、分割されても南部スーダンは約60万平方キロの国土を有しており、日本の約1・5倍の面積に当たる。人口はネットなどでは850万人と紹介されているが、ニアル氏は「少なくとも1200万人」と語った。
 ニアル氏に南部スーダン独立後の青写真を聞いた。「もちろん地上の楽園ができるわけではありません。コラプション(汚職・腐敗)から無縁でもないでしょう。我々の国は内戦やコラプションを抱えた周辺国に囲まれています。そうした影響を受けないはずがない。それで、私は新聞紙上でも訴えているんです。独立後はここの石油を欧州に輸出するのではなく、周辺国への投資に向けるべきと。周辺国の経済がともに発展することが我々の国の安定につながると思うのです」
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 新聞社に来ているのだから、シティズン紙のことを聞かないわけにはいかない。「2005年にスタートした時には部数3,000でした。今は12,000。記者の数で言えば、4人から33人。33人のうち15人は正社員です。今はハルツームで印刷したものを空輸していますが、中古の印刷機を購入したばかりです。間もなく現地印刷ができるようになります。これからますます部数を増やしていきますよ」とニアル氏は語った。
 (写真は上から、編集局長のニアル氏。右の男性も日本ならかなりの長身なのだが、その人が小柄に見えるほどの大柄な男性だった。シティズン紙。右の小屋のような建物に編集局があった。ジュバ中心部の通りの新聞の売店。英字新聞のほかアラビア語の新聞も並べられていた)

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