- 2010-12-22 (Wed) 05:13
- 総合
前回紹介した映画の制作者に会えないものかと思っていたら、幸運にも明日にはナイロビに戻るという日に会うことができた。ルリス・ムラさん。1982月6月生まれ、28歳の女性だった。
彼女が自主制作した映画が南部スーダンの若者に対する力強いメッセージだと思ったという感想を述べると、彼女は「ありがとうございます。そのような意図で制作しました。我々には北部のアラブの人々から奴隷として収奪されてきた歴史がありますが、ここは本来アフリカ全体に大きな影響力を誇った文明を抱えていた地です」と語りだした。
「エジプトのピラミッドは有名ですが、北部スーダンにはもっと古いピラミッドがあります。我々の祖先はアラブの人々から追い立てられ、南部に移ったのです。南部スーダンはスーダン全土、さらにはアフリカに残る最大の神秘を秘めた地なんです。残念ながら、そうした物語は外部ではほとんど知られていない。私はそうしたものをきちんと発掘していきたい。それが、我々の真実、アイデンティティーとなるからです」
彼女は現在のスーダンとエジプトがクシュ王国と呼ばれていた紀元前の時代に、政治社会の根本を成していた「マアト」という名の理念を熱を込めて説明してくれた。マアトは当時、正義の女神が象徴していた「真理、本質」であり、私がおぼつかないながらも理解したところでは、死後の世界で神に裁かれる際、心臓と羽が天秤にかけられ、憎しみや恐れなど邪念に駆られた人の心臓は羽と釣り合うことがないので「正体」がばれ、罰せられるとか、そんな話だった。そうした神秘に満ちた物語が(南部)スーダンには海外に知られることなく埋もれているのだという。
ルリスさんはジュバで生まれ、2歳の時に英国に渡り、大学までずっと英国で教育を受けた。2004年に今回の和平協定が調印される直前に20年ぶりに祖国の土を踏んだ。しかし、9歳ぐらいの少女のころから祖国のために働くことを「使命」のように考えてきたという。祖父の代から南部スーダンの解放闘争に身を投じてきた家柄に育ったことも関係しているのだろうか。「父から南部スーダンの子供たちが飢餓で苦しむ写真を見せられた時の印象が強烈だったのです。ああ、私は何と幸運な星の下に生まれたのだろうと。それなら、いつか帰国して同胞のために働きたいと」
帰国後、法律の専門家だったこともあり、裁判官の仕事を委嘱された。しかし、どうも自分の考えていたイメージとは異なる。第一、仕事柄、自由に意見を述べることができない。それで思い切って仕事をやめ、映画制作の仕事を選んだ。私が読んだ新聞では南部スーダン初の女優と紹介されていたが、「女優ではありません。映画の制作者です。南部スーダンの人たちに誇りと自覚を与える作品を作っていきたい。それが当面の目標です」
来年初めにはアフリカの54番目の国家として独立することが確実視されている南部スーダン。彼女のような若い世代が育ってくれば将来は明るい。そうなることを心から願う。
(写真は、南部スーダンの未来を語るルリスさん)
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